「あ! シュウ! 二人共練習に出てこないから心配してたんだぞ……ってなにそれ」

 食堂に現れたシュウと白竜を見て、カイがほっとしたように近づいてくる、が、彼らを繋ぐ銀色の鎖を見てピシリと固まった。食堂は両チームの選手で賑わっていたが、カイのその声に皆一様に彼らを見つめ、そして静まり返った。
 二人共寝間着姿である。そして手錠。

「……あー、もしかして、そういう……」

 プレイでもしてたのか、と続ける前に白竜の鋭い視線が飛んできたので、帆田は黙り込んだ。察しのいいチームメイトで助かる。

「不可抗力だよ。ってことで僕達、練習には出れないから」
「わかった。で……メシを食いに来たんだよな?」

 カイが恐る恐る、というように問うてきた。
 カイの言いたいことはなんとなくわかる。シュウの利き腕は白竜の左手とつながっているからだ。もし白竜が協力してくれなかったら、シュウは犬よろしく汚く昼食をいただくことになる。
 自らのキャプテンに犬食いはさせられなかった。忠告の意も込めて、白竜の方をちらりと見つめたが、白竜は今日の昼食内容を確認していた。

「今日の昼食はカレーだそうだ」
「ああ、じゃあ早く取りに行かないと冷めるね。じゃ、カイ、またあとで」
「ああ……」

 先立つ白竜にひょこひょことついていくシュウを見てカイは不安げな表情になる。他のチームメイトも同じように感じていたのか、ちらちらとせわしなく視線を送っている。
 湯気を立てるカレーを手に帰ってきたシュウ達はカイと相席した。鎖の範囲内でしか行動が取れないので、勿論白竜とシュウは隣同士になっている。

「いただきま……うわっ」
「あ、すまない」
「白竜が手を合わせるなんて意外だったな」
「俺も一応礼儀はわきまえているからな」

 ここでも少しもつれた二人に、カイはさらに不安の色を濃くさせた。まるで初めて二人三脚をする二人組を見ている体育教師のような気分だった。しかも二人共、癖が強い。
 白竜が左手をテーブルにのせた上に完全に脱力していたので、シュウは最初は器用にスプーンを操れていたが、動く度に感じる手錠の重さと、ちょっとしたことでも白竜の腕を引っ張ってしまう面倒さにだんだん飽き飽きとしてきたのか、文字通りさじを投げた。

「おい、行儀が悪いぞ」
「だってさー。面倒なんだもん」
「……あのさシュウ、俺が食べさせてやろうか?」

 見かねて、シュウの向かいに座っていたカイが声をかける。カイはすでに食べ終わっていた。まだ時間はあるし、シュウのために飼育員よろしく食べさせてやることに抵抗はない。
 その申し出に、「ほんとかい?」と目を輝かせるシュウとは反対に、白竜は顰め面をした。(あれ)とカイは思う。

(なんか白竜怒って……)
「ありがとう! 持つべきものは良いチームメイトだね、はい」
「……あ。ああ、わかった」

 深く勘ぐる前にシュウが笑顔でスプーンを渡してきたため、カイは考えるのをやめた。まるで雛鳥のようにシュウが口を開けて待っているので、なんだか本当に飼育員のような気分だ。
 カイはまだ温かいカレーを一口分すくうと、その小さく開いた口に入れてやった。シュウの喉がこくりと波を打つ。

「ああ、これ楽でいいね」
「今度からもこれで、とか言うなよ」

 きゃっきゃと楽しげに会話をするカイとシュウの横で、白竜はひたすらにカレーを食べていた。辛口のはずなのに全く辛味を感じない。イライラしていた。
 気に入らない。横の楽しそうな雰囲気が、楽しそうなシュウが。
 しかしなぜ苛々するのか全くつかめない。心の中がもやもやとするのだが、考えようとするとするりと手の中を滑り抜けるのだ。ただ相手に対するいらだちだけが砂のように募っていく。

(なんだそりゃ。お前ら男同士だろ。そんな恋人のような浮ついたことをやって、気持ち悪くなったりしないのか)

 カツカツとスプーンが皿の底をつつく音で、白竜はようやく皿が空っぽになっていたことに気がついた。
 ごちそうさま。シュウの手がつながっているのを無視して無理やり手を合わせたため、シュウは今まさに口に入らんとしていたスプーンを入れ損なう。

「おっと! 危ないじゃないか、学習能力がないのか?」
「隣でそんなに馬鹿馬鹿しいことをやられたんじゃ気が滅入るからな。気にしてられるか」
「何怒ってるの?」

 白竜の突然の刺々しい口調に、シュウも苛つ。理由がわからない怒りをぶつけられることほど、困惑するものはない。しかし、その様子に更に白竜は苛立ったようだ。語気が荒くなる。
 相乗効果でボルテージを上げていく二人を、カイは黙ってみる事しかできない。火中に飛び込めるほどカイは強くはなかった。

「怒るだと? 俺が? まさか」
「どう見ても怒ってるだろ。訳がわからない」
「訳がわからないのはこっちも同じだ。そのくらい自分で食べろよ、情けない」
「手錠が重くてだるいんだよ、わかるだろ! 別にいいじゃないか」
「お前が食べさせてもらうために身を乗り出した時、手錠がこすれて痛かったんだよ!」
「そんなに言うなら君が食べさせてくれよ!」

 売り言葉に買い言葉でシュウは放ったが、思いの外あっさりと、「やってやろうじゃないか」と白竜はカレーを掬い口の中に突っ込んできた。「むぐ」と、シュウは何も言えなくなる。
 両者睨み合ったまま、しばし静寂が訪れた。カイはまたいつ噴火するかとはらはらしている。
 また喧嘩をし始めるんじゃないか――と思われたが、シュウは咀嚼し始めた途端、がたんと椅子を揺らした。

「からっ!!」
「えっ」
「から、かあいよ!! スプーン、かあい!」

 口を抑えてひいひいと泣くシュウに白竜は珍しく焦りを見せる。
 シュウのカレーはとろりとした甘口、そして白竜のカレーは目に染みそうな真っ赤な辛口であった。
 思わず自分のスプーンでシュウにカレーを与えてしまった白竜は、急いで水を渡す。からんと放り投げられたスプーンは悲しそうに皿の中で踊った。
 水を流し込んだシュウは軽い咳をしながら、白竜に照れたように笑みを見せる。

「う、く……ありがと」
「いや、俺も済まなかった」
「ううん。……僕もつまんないことで怒っちゃってごめんね。君の言うとおりだ。自分で食べるよ」
「いや、俺が食べさせてやる」

 白竜は今度こそシュウのスプーンを持った。ようやく食事が再開した。先ほどの喧騒が嘘のように微笑ましい風景である。
 小さく口を開けるシュウと、そつなくスプーンを運ぶ白竜。半日も共に過ごせば流石に慣れてきたのか、大変美しく作業は流れた。白竜はシュウが口を開けるのを見る度にむずがゆさを感じる。
 なんだか、金魚に餌を与えているような、犬におもちゃを与えているような……。
 例えが全て人間外のものであったが、なるほどこれが父性本能というやつか、と一人白竜は納得した。
 憎むべきライバルであるが、非常事態に巻き込まれている以上そんなことは関係ない。ただひたすらに穏やかな時間だった。
 一方シュウは、大変よろしいタイミングで出されるスプーンを見て、(白竜って不思議な奴だなー)と口をもぐもぐと動かしていた。

(なんだかんだ言って、僕にあわせてくれるんだ。いい性格とは言いがたいけど、優しいところあるよね)

 手錠でつながれていたのが白竜でよかった、と、当然のように思う。しかし決してなぜそう思うのかは考えなかった。カレーを食べるのに夢中であったからだ。
 その様子を遠巻きに覗いていたアンリミテッドシャイニングとエンシャントダーク、その中で一人青銅が唸っていたが、ようやくと言ったようにぽんと手を打った。

「どこかであんな感じの見たことあると思ったらあれだ、バカップルっていうんだ、ああいうの」

 慌てて他の選手が口を塞いだ。

(……すっげー普通に流してるけど、さっきの間接キスだったってこと分かってるんだろうか)

 まあ気にしていないのかもしれない。いやしかし。カイは形容しがたい雰囲気の眼の前の二人からいかに自然に逃れるかを画策し始めたが、一向にタイミングがつかめなかった。

【続】
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