とりあえず引っ張ってみた。銀色に鈍く光る鎖はぴんと張り詰めたが、それ以上動く気配がない。
 何度か試みた後、赤く痕がついた手首をさすりながら、

「刑事ドラマみたいだね」

とシュウがげんなりした表情で呟いた。白竜はもはや頷く気力すらない。
 朝からなんという事態に巻き込まれてしまっているのだろう。他人とつながれているというだけで、こんなにも気力をそがれるとは思わなかった。
 いやはや、一体どうして、これがまた面倒なのだ。とりあえず動きに制限がつく。それも予想の斜め上の方向に。いつの間にかダブルに変わっているベッドから降りようとしただけで、一悶着起きた。
 シュウが右手を引っ張られ、今まさに降りんとしていた白竜を押し倒したのである。あの時の顔の近さは思い出すだけでちょっと体が熱くなる。白竜は首を犬のように振った。

「とりあえず……この近さじゃサッカーもできないな」
「あ、そうだね。でも化身合体の練習だと思えばなんとかなるかも」

 あっけらかんと言うシュウにのんきだなあと思いつつ、手首の輪を見つめる。おもちゃ売り場で売っていそうなちゃちな手錠ではなく、本格的なものだ。ずっしりとした重みも感じる。
 どこからこんなもの手に入れてくるんだ、と考えながら眺めていると、シュウが白竜の服の裾を引っ張った。

「なんだ」
「あ……のさ……。……いややっぱりなんでもない」

 歯切れが悪い。シュウはどことなくもじもじとしながら視線を彷徨わせている。
 迷っているようなその様子に、白竜は「言いたいことがあるならはっきり言え」と苛つくが、不意にとある可能性に思い当たった。

「なあ、シュウ……お前まさかトイ」
「わあっ!!」

 シュウが飛びついてきた。白竜は口を塞がれたためにそれ以上は言えなかったが、しっかりと、シュウの目が涙目になっているのを見た。
 どうやら図星だったようである。背中を冷たい汗が流れた。

 この手錠は、トイレの外で用をたすのを待っていられるほど長くはなかった。仕方なしに、狭い個室の中に白竜も入る。
 部屋に個別のトイレがあってよかった、とシュウと白竜は心からフィフスセクターに感謝した。これが共同トイレで、しかもこんな場所を誰かに見られたらと思うと、首を吊りたくなる。
 シュウはズボンをおろしかけて、白竜をじろりと見つめた。

「耳、ふさいで。あと鼻も。あと何も言うなよ、絶対こっち見たらダメだから」
「手が一本しか使えないのに無理を言うな……」

 いくら同性と言っても、個室に二人で入って用をたすのはなんとなしに恥ずかしい。気持ちはわかる気がするので、白竜はため息をついた。今朝から一体何回目になるだろうか。ため息をついても状況は晴れないのだが、それでもつかずにはいられなかった。
 シュウがなるべく両手を自由に使えるように、それでいて背中を向ける体勢になる。右手をどうするか迷ったが、結局右耳にあてた。その様子を確認し、シュウが用を足そうとするが、やめた。
 その体勢になると、どうしても、白竜の左手が近寄るのである。「ひっ」手の甲が一瞬シュウの太ももに触れたので、白竜とシュウは挙動不審になった。

「…………」
「違うぞ。俺の意思じゃないからな」
「わかってるよ! ああ……もう……!」

 シュウはやけになったようで、くるりと体を反転させると、便座を下ろして座り込んだ。

「ちょっ」
「わああああ、見るなって、言っただろ!」

 まるで女の子のような体勢だ。驚きに振り向いてしまったが、中性的な顔立ちと男にしては長めの髪の毛が相まって、ますます髪の短い女の子に見えてくるので、白竜は顔を赤くしてそっぽを向いた。これはまずい。なんだか変な気持ちになる。
 異様な光景でのお花摘みは、両者異様な心持ちでぎこちなく終えた。



「死にたい。アンモニアという物質をこの世から滅して僕も抹消されたい」
「えーと……俺の時もよろしくな」

 落ち込むシュウを励ます言葉が見つからなかったので、とりあえず白竜は冗談めかして声をかけてみたが、「冗談じゃない!」と怒られた。そりゃそうだ。
 異常事態なのだ。冗談では済まされない。
 しばらく手首をぶらぶらとさせていたシュウと白竜であったが、不意に思い出したようにシュウが呟いた。

「着替え……」両人共寝間着のままだ。
「できるわけないな。腕がつながった状態で」
「今日は寝間着のままかあ」

 着替えないとなんとなくすっきりしない質のシュウは、ぼんやりと嘆いた。
 この状態のままでは訓練どころではない。それを教官たちもわかっているのか、さっきのトイレ騒動で大分訓練開始時間を過ぎてしまっているのに、誰もこない。

「今日は休みってことだな」
「そうだね。体が訛ったらやだな」

 シュウの言葉に、白竜も深く頷く。バレリーナは1日練習をサボるだけで3日は勘が戻らないという。今まで一度も練習をサボったことはなかったため、少し不安だった。
 とはいえ、無理にでも訓練をしたら体を変に崩しそうである。鎖を壊す、ということも考えたが、「それって自殺行為じゃない? 必殺技こんな至近距離で打ち込むの?」とのシュウの一声で廃案になったばかりであった。
 大人しく二人はベッドに座り込む。途端に、鈍い音がなった。
 三大欲求の危機だった。

「……どうする」
「一食なら抜いてもいいが、一日は無理だな」
「え、僕三食食べたいんだけど」
「……」

 さすがに今食堂に行くのは混乱を招くので俺たちのためにも良くない、俺たちがもっと冷静に物事を対処できるようになってから行くべきだと白竜が必死になだめすかした結果、しぶしぶシュウは頷いた。「わかったよ」
 そのかわり、室内の小型冷蔵庫からゼリー飲料を取り出し、白竜に放り投げた。

「……ありがとう」
「どういたしまして」

 じゅーじゅるる。間抜けな音が室内に響く。まだ山積みの問題に直面するまでの時間稼ぎのようだった。

【続】
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