ゴッドエデン施設内を軽快な音楽が駆け抜ける。どんよりとした空気には全く似つかわしくない。全く。
 ジングルベルだ、と思いながら白竜は起床した。12月25日の朝であった。
 窓から差し込む光は室内を明るくてらしており、快晴だということがわかる。
 白竜はあくびをひとつすると、左右を見回して――隣を二度見した。
 白竜の左隣では、シュウがすやすやと寝息を立てている。悲鳴をあげた。

「うわっ!?」
「……んん。……ふぁ〜あ。あれ。白竜? なんでいるの」
「それはこっちの台詞だ! ここは俺の――……」

 そこまで言って、また部屋を見回した。質素で普遍的な部屋であるが、白竜の部屋ではなかった。

「……部屋じゃない」
「うん。ここは僕の部屋だよ」

 なんでいるの、と、とろんとした寝ぼけ眼で再びシュウが問う。白竜は答えられない。昨晩確かに、自分の寝床についたはずなのだ。なんでいるの、と問いたいのは白竜の方なのである。

「わからない。シュウお前何か知らないか」
「知らないよそんなの。……あれ。白竜なにそれ」

 シュウが白竜の右隣にぽつんと置かれている白い箱を指さした。「ああこれか……」と白竜がちらりと一瞥する。

「クリスマスプレゼントだろ」
「クリスマスプレゼント?」
「こないだ説明しただろ。忘れたのか」
「ああ」

 シュウは合点がいった、というようにぼんやりと頷いた。

 白竜が、シュウはクリスマスを知らないという事実を知ったのは昨日だった。「なんか欲しいものはないかって聞かれたんだけど、なにあれ」とシュウが尋ねてきたのである。

「クリスマスのプレゼントだろ」
「クリスマス? プレゼント? なにそれ」
「はあ?」

 日本の子供であったら知らない者はいないだろう。白竜は驚いたようにシュウを見つめるが、当の本人はぱちくりと目を瞬かせていて、本当に知らないようだった。

「栗済ますって何?」
「発音が違うぞ……」

 クリスマスを経験したことがないなんて、不憫なやつだ。白竜は若干哀れに思いながらも、常とは違うゴッドエデンでのクリスマスを説明した。
 特に浮ついたことはしないし(できればクリスマス限定で流す施設内音楽もやめていただきたいものだ)、普段と変わらぬ日々を送るのだが、成績上位者にはプレゼントが与えられる。フィフスセクターができることならなんでも望みどおりだが、殺人や死者を甦らせる、願いを増やす、また解放などののぞみは受け付けられない。
 それを聞いて、「ランプの魔神みたいだね」とつぶやくシュウに、それを知っていて何故クリスマスを知らない、と白竜はため息をついた。

「僕の住んでいた時……いや所は、そんな風習なかったんだ」
「へえ。……で、まあ、お前は成績トップだったから、いの一番に聞かれたんだろ」
「それ、順番とかあるんだ?」
「まあな。優先順位もある」

 当たり前の話かもしれないが、成績上位者から願いは聞き入られる。優先順位も勿論それに倣う。例えば、二位が「一位を再起不能にしたい」と望んでも、一位が「怪我なく穏便に過ごしたい」という望みであれば、一位の人間は無傷のまま過ごせるのである。
 ここのところ、シュウと白竜の成績は僅差でシュウのほうが上だった。興味なさげなシュウの様子に、白竜は内心毒づく。

(最近はお前のほうが上だが、もうそんなことはさせない。次は俺がトップだ)

 トップでなければ気が済まない性格なのだ。しかしそんなことはおくびにも出さず、白竜は説明を続ける。

「普通はケーキなんかを食べるんだけどな」
「! ケーキ! へー、凄く豪華なんだね」

 目を輝かせたシュウに、一瞬白竜は「えっ」とたじろいだ。「ケーキなんて高級そうなもの、食べたことないよ」とまで言うので、白竜は本気でシュウが哀れに思えてきた。

「今時ケーキなんてそこらのコンビニで売ってるだろ……」
「でもここにはコンビニなんてないし、ゴッドエデンでも出たことないし。いいなあ、ケーキ」

 ぽうっとシュウが夢想していたところで、白竜がアナウンスで呼ばれた。そこで話はお開きになったのだが。
 思い出したのか、シュウが顎に指を当てながら、「あー、それかも」と呟いた。

「なんだよ、それって」
「いや。僕、何が欲しいかって言われても、フィフスセクターにはどうにもできない望みしかないんだよね。だから、白竜と一緒にいれたらいいですって言ったんだ」
「はあっ?」

 一気に白竜の頬が紅潮した。なんだかとんでもないことを言われたような。
 シュウに対しては正直暗い憎しみを持っていたが、それを抜きにしてもやはり白竜の顔は火照った。好意を顕にされて悪い気持ちはしないが、というか、これは好意なのか。
 それに気づいたのか、シュウまでも頬を染めて弁解する。

「あ! いや! 別にそういう意味じゃなくてね! 変な意味じゃなくて、君がいたから僕は強くなれたんだから、今日も普通に訓練できればいいなって……」
「ああ……」
「それだけなんだけど……」

 なんとなく沈黙が降りてきた。
 唐突にシュウが話題を変える。

「そ、そういえばさ。白竜のプレゼントって何? 僕気になるなあ」
「…………」

 この状況下では大変出しづらい。そんなプレゼントを白竜は要求していた。
 白竜は少しの間もぞもぞしていたが、不意に右手が折りたたんだ紙に触れたので、何かと思って開いてみた。

『勅令 白竜 本日12月25日0時から終日までエンシャントダークキャプテンのシュウと共に過ごすこと』
「……」
「……」

 再び沈黙が降りた。

「……なんかごめん」
「いや……」

 気恥ずかしかった。シュウは気恥ずかしさを隠すように大きく伸びをする。すると白竜の左手もあがった。金属音と共に。
 ん? と互いに目を合わせる。白竜が左手を揺らすと、じゃらり、という金属音が後を追ってきた。

「…………」
「……確かに白竜と一緒にいれたらって言ったけど」

 シュウの右手と白竜の左手は、手錠でつながっていた。

「……ここまでのつもりじゃなかったよ……」

 両者ぴしりとかたまっている。室内を軽快な音楽が流れる。今度はあわてんぼうのサンタクロースだ。この雰囲気に全く似つかわしくない。全く!

【続】

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