※ゲームネタバレ注意
※よくわからない話
白竜は最近おかしな夢を見る。
おかしな、といっても、トリッキーな色をした静物が出てくるとか、関節が百もあるような生物が出てくるとか、そういう類ではない。
「白竜!」
気がつけば森の中に立っている。そういう夢だ。
そしていつも決まって、彼の側には黒髪の少年がいる。そういう夢だ。
「シュウ」
「会えて嬉しいよ」
シュウは微笑んだ。白竜もつられて微笑む。
五感は正常、馬鹿に冴えている頭は、「これは夢だ」とはっきり認識できている。おかしな夢だ。
木漏れ日の暖かさも、シュウの異国のお香のような匂いも、現実と全く同じように感じられるのだが、決定的に違う点があるのだ。シュウである。
「今日の白竜は、おかしかったね」
「どこが」
「あんな質問をするなんて! 内心笑っちゃったよ」
現実のシュウは、こんなに鈴が転がるような笑い声を出してくれないからだ。白竜にやすやすと微笑むようなことはしないからだ。
現実のシュウは白竜に対しとても厳しい、というかきつい、と白竜は認識している。
間違っても「会えて嬉しい」だなんて口にしないし、そもそも彼に笑顔の一欠片も与えはしない。いつもツンとすまして、強気な目で対峙してくる。それがシュウだ。
最初はこんなふわふわと甘い態度を見せるシュウと現実の彼とのギャップに、体がひきつるくらいの気持ち悪さを感じていたが、幾夜をすぎる内に慣れた。今は陽気に会話を続けることができるくらいである。
だが、いくら夢に慣れたといっても、ギャップはギャップのままだ。変わることはない。
夢の中のシュウは肌の感触も声音も(性格以外は)寸分違わないので、思わず今日は彼を見かけて開口一番、「お前、人間か?」と尋ねてしまった。お返しは笑い声でなく、冷たい眼差しだったが。
恐らく、目の前の彼はそのことを笑っているのだろう。夢には一日の出来事が出てきたりする、ときく。
脳みそってすげーな、と感心しながら、白竜は頭をかいた。
「だって、夢みたいだからな。いや夢だけど。こんなにリアルなシュウが出てくるなんて、現実のシュウが入ってきたとしか思えない」
「はは、ボクも夢みたいだよ。……白竜に会えるなんて」
シュウは赤面した。その様子に、白竜もつい笑みを崩す。だが、すぐに引き戻した。
夢の中のシュウは所詮脳が創りだしたものであって、現実のものではない。どんなにリアルな彼がどんなに白竜に言葉を重ねようと、それは自分と会話しているのと同じようなことなのだ。
とはいえ。やはり嬉しい、と白竜は思う。胸がどきどきする。
他者を見下し、常に自分が一番であるべきだと思っている白竜にとって、「嬉しい」は珍しい感情であった。だから、こんなに大げさに感じるのかもしれない。まるで自分を好いていてくれているような彼の態度に、全身の血液が沸騰しそうになるのだ。
夜が来るのがいつの間にか楽しみになるくらいに。
「昨日はトップを取られたけど、今日はボクが奪い取ってみせるよ」
「ふん、できるものならしてみろよ」
いつも、他愛のない会話をして過ごす。時間は瞬く間に過ぎていく。すぐに、白竜の意識が飛び飛びになった。目覚めの合図である。
シュウが悲しそうに目を伏せる。
「さよならだね」
いつも。と、白竜は思う。
いつも、こんな風に素直な奴だったらいいのに。そうしたら、仲良くしてやってもいいのに。
微睡みの中、確かにそんなことを考えながら、白竜は目覚めるのだった。
「…………」
「おはよー白竜」
部屋を出ると、身支度をしっかり整えた青銅が挨拶してくる。白竜も挨拶を返した。
すると、廊下の端の部屋から、のっそりとシュウが姿を現した。
「…………」
「…………」
目は会えど、会話はない。シュウはいつものように冷徹とした目で白竜を見据えると、通りすぎていった。
「……」
「俺達のキャプテン様は仲が悪い、ってね」
「別に仲が悪いわけじゃない」
おちゃらけたような青銅の台詞に反論する。
「あいつが素直な態度で臨むなら、仲良くしてやってもいいと思っている」
「子分としてだろ?」
「子分……」
白竜は首をかしげた。どうもしっくりこない表現だ。
その様子に、おや、と青銅が瞬きをした。
「まさかアンリミテッドシャイニングに入れるわけじゃないし、嫌いってわけじゃないんだろ?」
「嫌い……」それもしっくりこない。
「へえ、白竜がそんな風に迷うの初めて見た。嫌いか子分かの感情しかないヒジンドウ的な人間かと思ってた」
どういう意味だ、と白竜が睨む前に、青銅はすたこらと退散していた。残された白竜は、ぼんやりと考える。だがいつまでたっても答えは出なさそうだった。
ただ一つわかっているのは、夢の中のシュウは嫌いだでも子分にしたいとも考えていない、ということだった。
その日の白竜の成績は、シュウに次いで二位であった。
「白竜!」
「! シュウ」
「また来てくれたんだね!」
布団の中でもやもやと考えていたら、いつの間にか寝入ってしまったらしい。
腕を広げ抱きついてくるシュウの言葉に、白竜はおや? と首をかしげた。
これは白竜の夢である。したがって、「白竜が来てくれた」ではなく「シュウがでてきた」のほうが正しいはずだ。
しかし、腰に腕を回したシュウがうれしそうに密着してきたので、そんな疑問など吹き飛んでしまった。彼の頭に手をのせる。石鹸の良い香りがした。
「また今日も、君と話せなかったね」
「……そうだな」
「いつも、話したいと思ってるんだ。……けど、は、恥ずかしくてさ。ごめん」
頭をこすりつけてくるシュウの発言に、胸がしめつけられるようだ。
最近、シュウがこのように甘えてくる度に、心苦しくなる。シュウの挙動は、全て、まるで自分の願望のような気がするのだ。夢といえど、願望が如実に現れるわけではないのだが、それでも、願望のみで構成されているような気がしてならないだ。自分が大層苦々しく、卑しい人間のように思えてくるのである。
「シュウ」
「なに?」
「オレは……お前がよくわからない。嫌いではないし、子分にしたいとも思わない。よく分からないんだよ」
嬉しい、という感情も、この形の見えない悩みも、夢の中にシュウが現れてから始まったような気がする。白竜はすがる思いで呟いた。
シュウはしばらくの間黙っていたが、「そんなの、ボクにわかるわけないだろ」と白竜の服を握りしめる。
「…………そうか」一瞬、目の前が真っ暗になった。
当たり前だ。そんなの。わかるわけがない、期待した、白竜が馬鹿だったのだ。
しかし。
「けど……」
「……?」
「君がボクをどう思ってるかなんかわからないけど……ボクは、白竜が…………すきだよ」
すぐさま風に埋もれて消えてしまいそうな声が、確かに耳に届いた瞬間、白竜の心臓は踊るように高なった。カッと熱くなった。
耳まで真っ赤にしたシュウの表情は見えない。
すき、すき、すき……。シュウの言葉が木霊する。気がつけば、シュウを強く抱きしめていた。彼は何も言わない。
白竜はしばし逡巡した後、するりとシュウの服の中に蛇のように手を滑り込ませた。びくりと一度だけシュウの体が震える。しかし抵抗しないどころか、目をつぶり、じっと呼吸を殺すだけだった。
緊張で冷える指先に、シュウの熱がひどく熱く感じる。触れている指の先から、じんじんと熱が流れこんでくるようだった。
「……オレも、シュウが好きだ」
その言葉は、まるでパズルの最後のピースのように、しっかりと、白竜の心に落ち着いた。
口にすると、まるで花が開いたかのように、飲み込まれそうな程の想いがどっと溢れ出す。すき、すき、すき……。
シュウが驚いたように顔をあげる、その表情は泣き出しそうな、それでいて嬉しそうな、奇妙なものだった。
「……ここでなら、素直になれるんだ」
シュウの呟いた言葉は、白竜が自分自身に送った戒めなのかもしれない。確かにこの瞬間、白竜はシュウに愛しさを感じていた。
白竜はそっとシュウの頬に手を添える。緊張して指がひきつった。
目を閉じて、その柔らかそうな唇に――――
触れる前に起きた。
「…………」
白竜にとって運が良かったのは、この世界が銃社会でなかったことだ。もし銃刀の携帯が認可されていたならば、すぐさまそれを手にとって、真っ赤な血しぶきをあげていただろう。
しかし今手元に危険物はない。白竜は行き場のない手を彷徨わせて――ベッドの上を盛大に転がった。
「あああ自殺してえ!!!」
それしか頭になかった。いや、正しく言うならば、夢を反芻した上での欲求しか、頭になかった。
よりにもよって、シュウの! 夢を見た、あげくに! それ以上は白竜は考えられなかった。とめどない自殺願望が溢れ出してくるからである。
どくどくと心臓がうるさい。しかし悪い気分ではなかった。全く、悪くはない。むしろ……。
白竜は考えるのをやめた。その代わりに、行き場のない衝動を、壁を蹴るという行動で発散した。
「うるさい!!」
と壁を殴る音と共に響いてきた青銅の声で、その行為はあっけなく終わりを迎えたのだが。
はた迷惑なキャプテンのお陰で、アンリミテッドシャイニングの選手はみな一様に寝覚めの悪い顔をしている。
白竜の自殺願望は早朝、寮内に響き渡ったというのだから、白竜はなんともバツが悪い。
その中でも特に顔色を悪くした新田が、ふらふらと白竜に近づいてきた。
「はあ……おはよう白竜」
「……叫んだことは悪い。けど、お前馬鹿に眠そうだな」
「あー? ああ……俺の部屋さ、エンシャントダークの寮とも近いから。白竜の叫び声と共に、向こうのキャプテンの声も聞こえてきてさ。びっくりして飛び起きちゃったよ」
あくびをし、なんでもないように愚痴をこぼす新田の発言を聞いて、白竜は心底驚いた。
と、同時に、動揺に寝覚めの悪そうな顔をしたエンシャントダークが現れた。先頭を歩くシュウは、青い顔をしていたが、白竜と目があった途端、血色がよくなったかのように――むしろよさすぎるくらいに――顔を赤くさせた。
恐らく、白竜も同じ顔色をしていたに違いない。
「あ」
「あ」
「…………」
「…………」
「……オレはお前がよくわからない」
「うわあああ!!!」
記憶を掘り返されて、白竜は青銅達が驚くのも構わずうめき声をあげて膝をついた。が、すぐにはっとする。シュウも訝しげな表情である。
「…………」
「…………」
「……いつも、話したいと思ってるんだ」
「うわあああ!!!」
白竜の言葉に、今度はシュウがしゃがみこんだ。その顔は赤い。
どういうことだ。両者の間で沈黙が走った。応酬するクエスチョンマーク。
――夢だけど、夢じゃなかった!
ようやく事実に気がついた二人は、同時に奇声を発し、赤くなった顔を相手から隠すようにうずくまるのだった。