2-1。からくもアンリミテッドシャイニングの勝利である。勝負はPKにまで持ち越した。ここまでくると運が強く働いてくる。自分の運命を呪い、運が悪いと自覚しているシュウにとっては悪条件だった。
未だ砂埃立ち込めるグラウンドで、シュウはぎり、と歯ぎしりを噛んだ。
キスをしなければならないのが嫌なのではない。負けたのが悔しいのである。
自分は強くなければいけない。勝たなくちゃいけないのに!
今度から特訓メニューを倍にするか、と考えるシュウの頭からはキスの事など吹き飛んでいたが、白竜がまた吹き込んだ。
「シュウ、ご褒美のキス」
「え? ……ああ、そういう話だったね」
忘れていた。シュウは胡乱気な目で白竜を見つめる。
未だ両チームの選手は多くこの場に残っている。ここじゃ人目があるからあとで、と言おうとしたシュウの口からは言葉がでなかった。
白竜が口を塞いでいたからだ。
「!? ……ちゅ、む、ちょっ」
おまけに舌まで差し込んでくるものだから、シュウは瞠目して暴れだした。しかし、白竜の大きな手によってがっしりと拘束されてしまう。
急速に体に熱が上がった。人目がある恥ずかしさもあるが、それ以上に、
(こいつ、なんでこんなに見てくるんだよ!)
白竜が顔を穴が開くほど見つめてくるのである。まばたきすらしない。ガン見だ。
目が合う度にシュウの顔から火が出そうだった。いっそ火が出て、白竜の顔を焼いてくれればまだすっきりしたのだろうが、焼けるように熱いのは残念ながら、シュウだけだった。
きっと顔は真っ赤だろう。いたたまれなくなって、遂に目を閉じる。これではますます恥ずかしさを増すばかりだったが、また目を開けるような強さはシュウにはなかった。
目をつぶっていても、白竜の視線が注がれているのがわかるのが、なお羞恥心をあおる。
普通、頼んできたほうは必要以上に遠慮がちに、人目をはばかるものなのだが、白竜は規格外だ。なんてやつだ、とシュウは心の中で叫んだ。
一方、白竜はといえば、シュウとは違い思いの外冷静であった。
(やっぱり柔らかいな。口の中熱い。こいつこんなにあつくて火傷したりしないのか)
舌をいれてみているが、口内を貪るような真似はしない。ただシュウの舌を舌先でつつくだけだったが、そのこそばゆさにますます顔を赤くさせるシュウには気づいていなかった。
ぎゅうと目をつぶったままのシュウを見つめる。
「ん……はぁ、ちゅ……んむ」
時折漏れるシュウの吐息が頬にあたる。その度に白竜はぞくぞくと何かが駆け足で背中を這い上がっていくのを感じていた。赤面したシュウがとても可愛らしく見えて、くらくらする。
キスってこんなに不思議で、気持ちいいものだったのか。白竜はうっとりとした。
だがやっとシュウが服をつかんで揺すってくるので、白竜は名残おしげに唇をはなした。おまけでぺろりとシュウの唇を舐めると、シュウの喉がヒュッと鳴った。
しばし静寂が流れたが、一斉にグラウンドに轟々悲鳴が沸き起こった。はっと我に返ったシュウが思い切り回し蹴りを決めたのも同時だった。
「死ね!!」
もうこんなことはよそう。シュウは心に誓い、あれから一切の「ご褒美」の依頼を断った。この間のことが騒ぎになったお陰で、「シュウは白竜に惚れたんじゃないか」と大変迷惑な噂が立っている。
人の口に戸は立てられない。シュウはげんなりと日々を過ごしていた。
大切なものをなくしてしまったような気がしているが、手に入れたものもあった。白竜である。
正しくは手に入れた、ではなく、言い寄ってくるだけなのだが。
「シュウ、もう一度オレとキスしろ」
「しつこい! 嫌だって言ってるだろ。ボクはもう誰の頼みも聞かないから」
「このオレの言うことをきけよ! いいからしろ」
「い、や、だ!」
あれから何度断ってもめげずにキスを要求してくるのだ。しかも人目もはばからず。
あれだけ人がいた中でやってのけたのだから、どうということはないのだろうが、言われる度にシュウの頬が火照った。
肩をつかもうとする白竜の手を振り払い、怒鳴る。
「何でダメなんだよ!」
「だ、だって君の唇、がさがさして少し痛いんだよ! ちゅーなんてしたくない!」
言ってしまってから、しまったと口を塞いだ。これではまるでカップルの痴話げんかのようだ。
案の定、白竜は真剣な表情で、「治せばいいんだな?」と尋ねてきた。
「唇の荒れ、治せばキスしてくれるんだよな?」
「……」
しくじった、とシュウは思った。息が詰まる。胸が大きく鼓動をうつのが分かった。全身が熱い。
自分でも馬鹿だなあ、と思いながら、シュウはこくんと頷いていた。途端に明るく微笑む白竜の顔をみて、また胸がどきりとする。
(なんだ、これ。わけわかんないな)
今までもキスの最中に舌を入れてきた輩はいたが、即座に強烈な蹴りを決めていた。なのに、白竜にキスされたときは大人しく受け入れてしまった。
またあのキスをされるんだろうか、と考えるだけで体がざわつく。
(ボク、おかしくなっちゃってるな)
だがおかしいのはシュウだけではなかった。
キスをしてから白竜の胸の疼きが収まらない。寝ても覚めても思い起こされるのはシュウの震える体と、あの切なげな表情と、柔らかで温かな唇の感触である。
この疼きを収めたい。シュウとまたキスがしたい。
とりあえずこのあとすぐにリップクリームを買いに行こう、と決心する白竜と、顔を赤くさせるシュウ。
両人共正体不明な感情を抱いていたが、また唇を合わせる機会は着実に近づいていた。
【終】