目の前が霞む。
体感温度がまた下がったような気がして、ふるりと身震いした。
真っ黒な空からとめどなく降り続く雨。
私はどのくらいこの場所にいるのだろう。

家を出たのが一時間前くらい?
この場所で立ち止まったのが、10分前といったところか。
とおくにぽつぽつと立ち並んでいる民家からは、もう光は見えない。
時折ピカピカと瞬く古臭い街頭も、だいぶ先にある。

「寒い・・・」

水分を吸って重くなった服が、確実に体温を奪っていってる。
それでいい。
もうわたしなんて、ここで気を失ってしまえばいいのに。
どうせこの村に居場所なんてない。

立っているのも疲れて、その場に座り込んだ。
もしかしたら服が地面についてしまったかもしれない。
きっと泥だらけだ。

「こんな村出たい・・・」
「あの、苗字さん・・・?」

ふと、小さく自信なさげな声が聞こえて、水を跳ねる足音がやってきた。
まさか、こんな時間に人が?

また水滴で歪んだ視界の中に、黒い人影が見えた。
私の周りだけ、雨が止んだ。

「やっぱり、苗字さん、ですよね」

見上げると、そこにはやっぱり真っ黒な人。
彼は傘を私に差し出していた。
ああだから、雨が止んだのか。

・・・ええと、そうだ、教会の、牧野さん。

人懐っこい彼の笑顔に、ささくれ立っていた心が少し和らいだ。
わたしのこと、覚えていたんだ。

「あたりまえじゃないですか。それより、何をされてるんですか、こんなところで」

つい声に出していたらしい私の言葉に不思議そうな顔で返しながら、彼は私の隣にしゃがみこんだ。
そんなことしたら牧野さんの服まで濡れる。

「あ、いえ、なんでも、ないので」

咄嗟に、彼から距離をとった。
また、私の肩と背中を、冷たい雨が襲う。

「あっ・・・ごめんなさい、私ったらつい・・・」

きっと、普段村の子たちにしているように私に近づいたのだろう。
私が「余所者」だと思い出したのか、それ以上そばには来なかった。

「・・・風邪、ひかれます」
「・・・いいんです、もう帰るので・・・」
「では、お送りします。お宅は確か、小学校のそばでしたよね?」
「・・・・・・」

どこまでも善良な人。
きっと人を疑ったことなんてないんだろう。
実際に関わったのはこれで数度だが、噂ではそう聞いていた。
噂通りの人だった。

「牧野さんに、ご迷惑です」
「女性を一人夜道を歩かせるほうが心配です」

困ったように笑いながら、彼はそう言った。
よくもまあそんなキザなセリフを、キザな言い方をせずに言葉にできるものだ。
これも彼の人柄なのだろうか。

だとすると、あまり好きじゃない人種だ。

「本当にいいです。わざわざ送ってくださらなくても、一人で帰れますから」

とても、嫌な言い方だったと自分でも思った。
私の言葉なんて気にすることはないのに、とても辛そうな顔をした牧野さんが目に入った。

「ごめんなさい。それじゃあ」
「だ、だめです!」

思ったよりしつこい。
そうか牧野さんはしつこい男だったのか。

立ち上がった私を追いかけて、彼も勢いよく立ち上がった。
というか、勢い余って私の後ろですっ転んでいた。

ものすごい音がしたんですけど。
主に水の。
その動きづらそうな服は、ずっと着ているのだろうか?
確かに座るとすぐに裾を踏んでしまいそうではあるが。

いやしかし大の大人が本気でこけるか?
もしかしてふざけているのだろうか?

そこまで考えたところで、彼は無言で起き上がった。

「・・・・・・・・・あの」
「大丈夫です・・・本当にすみません・・・」

なぜか謝られてしまった。
ここまで来ると悲愴感にあふれすぎてなんだかこっちが切なくなってきた。
雨足は、少し弱まっている。

吹っ飛んだ傘が、私の横に転がっている。
なんだかなぁ。
ため息をつきながら、彼のところまで戻った。

「あの、傘」
「すみません・・・ありがとうございます」
「いえ。全然」

普段綺麗に整えられている髪が、乱れてしまっている。
うつむいている表情は見えないが、きっと情けない顔をしているんだろうと思った。
そっちのほうが全然人間らしい。

「牧野さんって、かわいそうな人なんですね」
「そっ・・・!」

そんなこと・・・といいながら彼は口を噤んだ。
きっとなくはないんだろう。

「ふふ」
「・・・わ、笑わないでください・・・」
「だって、前見た牧野さんは、本当にただのいい人だったから」

まさかただのドジっ子だったなんて。
情けなく雨に打たれている彼に、傘をさしだした。
さっきとは真逆だった。

「どうぞ。家までお送りします」
「それじゃ逆です」
「でも牧野さんもぬれて・・・っくしょい!!!!!」

私の盛大なくしゃみが夜の闇に反響したあとはしばらく。雨音だけが続いていた。
超気まずいんですけど。

「苗字さんの家からですね」

静寂を破ったのは、最初のようににこやかに笑う牧野さん。

「・・・・・・でも」
「だめです」

その否定は、今までの言葉よりも幾分か強い力がこもっていたような気がする。
私も、ついには反論できなかった。
彼に言われるままに、彼の手に渡った傘の中に入る。
お互いびしょ濡れなのに、今更感はあったけれど。

右の肩から、人の温かさを感じて、少し安心した。







(ではうちでお風呂でも入りますか?)
(いえ、ご家族にご迷惑ですから)
(今家誰もいないから大丈夫ですよ)
(え!?)

20140513


雨の日

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