時折何かを考えるようにに寄せられる眉。
時折苦しそうに呼吸を乱す唇。
身を乗り出して彼の表情を観察するのが、最近の私の流行。
「・・・なんですか」
薄い瞼を開いた彼の瞳が、一瞬の間を置いて私を捉えた。
この瞬間まで、全く違う場所をさまよっていた視線。
それがゆっくりとこの場所に戻ってくる、今。
焦点が、私に合うまでの数秒。
この数秒間は、きっと彼にもわからない彼の表情がある。
あ、この瞬間だ。と私は空気も読まずに思う。
それがとても好きなのだと。
私のその行動にはもう慣れてしまったのだろうか、
最初は顔の近さにイラっとした空気を纏わせたりもしていたが、今では軽く流される程度になってしまった。
まったくパーソナルスペース広いんだから。
それもそれでなんかつまらない。
「なんでもないでーす」
「・・・相変わらず何を考えているかわからない人だ」
「宮田さんに言われたくありませんー」
ふう、と一息ついた彼の様子からするに、周りに脅威は見当たらなかったということだろう。
私にはその力の意味がわからなかったけれど。
私は幻視をしている時の彼が好きだった。
もっというならば、幻視を終えた直後の彼の瞳が。
仕事で疲れたあとに、束の間の休息を得ようと閉じられる瞳だとか。
多分それに近いものがある。
新人としてあの医院に入った時から、目が離せない。
「先生?」
「ん?」
「吊り橋効果って知ってますか?」
「死ね」
医師免許偽造じゃないだろうな。
お医者様から滅多に発言されないであろうその言葉が、私の体の中にじんと染み込んでいくのを感じた。
クセになりそう。ていうかなってる。
「いい加減ふざけるのはやめてくれませんか。ただでさえ幻視もできないおまけを抱えてるんだ」
「私のことですね?」
「わかってやってるとはいい度胸ですね」
「ありがとうございます!」
彼は視線だけで「褒めてねえよゴミが」と吐き捨てたあと、疲れたようにため息をついた。
「私、先生のそういうところ好きです」
「それはどうも」
「幻視ってどうやるんですか?」
「君にはできない・・・できないほうがいい」
「じゃなくてこう・・・ゲームでいう操作方法、みたいな」
「・・・・・・」
彼は私の暇つぶしともとれる質問に付き合ってくれたみたいで。
確かめるように再び瞳を閉じた。
普段彼の張り詰めている気が、さらに強くなる。
得意そうだけれど、辛そう。
「なんて言ったらいいのか・・・今まで本能のようにしていたことを説明するのは難しいな」
なんだかんだ言って真面目に答えてくれる彼だが、
私はとりあえず二度目の観察に移る。
ほんと、見れば見るほど牧野さんにそっくり。
でもやっぱり若干違う部分はあって。
いつも難しい顔ばっかりしてるから眉間に皺寄ってるし。
このひとまだ20代だけど大丈夫なんだろうか?
ふと、別に故意にとかではなく。
触りたいとか、よくあるように誘ってみたいとかでもなくて。
本当にふと、彼の頬に手を伸ばしてしまった。
普段はゆっくりと開かれる瞳が、今回はびくりと見開かれる。
あ、怒られる。そう思った。
「本当に、何がしたいんだあなたは」
「ご、ごめんなさい」
反射的に、手も引っ込める。
超こええ。静かに怒られてる、私。
「まさか狙ってたのか・・・」
「や、違います!本当に幻視くらいできれば!その、力になれるのになー・・・と」
うわあ信じてない顔だよこの人。
確かに半分位はいいわけなんだけど。
「・・・まず目を閉じます」
「へ?」
「・・・・・・閉じろ」
「は、はい!」
思わず正座をして、言われたとおりきつく目を閉じた。
これ半分くらい脅し入ってるんじゃないかな。
「落ち着いて、集中しろ。周りの気配を探るんだ」
「うう・・・?」
「まぁ万が一にもできるようになるかもな」
「でも真っ暗です」
「俺たちが混ざり合う、とか」
「???」
それってどういう?
意味深な言葉の意味を、彼に問おうと瞳を開ける直前。
右の耳に、突発的な刺激を感じた。
「っ!?」
がたん、と後ろにあった壁にぶつかる。
その音に、またびくりと固まる私。
よかった、そんなに大きい音じゃない。
「騒がしい」
「えっ、いやっ、あのっ!」
でも今のは、先生が・・・と言いかけて口を噤む。
宮田先生の意地の悪い笑みが、私を捉えた。
耳に息を吹きかけられたと気づくまで、あまり時間はかからなかった。
「先生・・・!」
「なんですか?」
「謀りましたね!?」
「ふん、さっきのお返しだ」
右耳を両手で抑えながら、どくどくと脈打つ心臓を落ち着かせようと。
けれどそれを悟られないように、私も先生を軽く睨みつけた。
電気がつかない小屋でよかった。
もしかしたらこれをネタに半年はからかわれていたかもしれない。
まあそれはなくとも、しばらくは普通に拒絶されていたかも。
こんな、吊り橋効果とも言えないような。
ちっともおさまらない動悸を自分自身驚きながら。
宮田先生の無表情以外が見れたことに優越感を覚えている自分が腹立たしい。
20140415
宮田先生パートまで行き着かないまま死ぬのでむしゃくしゃしてやった。
刮目せよ
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