Ilmatar | ナノ
手配書との食い違い
一つの街に一つは設置されている掲示板の前で腕を組みながらマシュアはむむ…と唸っていた。そこにはこの街の近々ある催し物だとかツーリストガイドのようなチラシが貼られているが、それらと並べられているのは三枚の手配書。ズラッと書かれた罪状と似顔絵の描かれた手配書らしい手配書。マシュアは眉を顰めながら神妙な面持ちでそれを見つめていた。
「お、お嬢さん、どうかしました?」
「あ、いえ…この手配書の似顔絵が…」
「ああ、凶悪な顔してる犯罪者か」
声を掛けてきた初老の男性が頷きながら答えた。凶悪…とマシュアは呟いてもう一度手配書を見つめる。
「早く捕まることを願っておきましょう」
「…そう、ですね」
男性はにこにこと笑顔を絶やさずに去っていった。まさかその一枚の凶悪な顔してる犯罪者が目の前にいるとも知らずに。
「私ってこんな顔してるのかしら…」
それよりも、あの男性がこの犯罪者が自分だと気付かなかったことを喜ぶべきだろうか。研究所にいた頃の姿のままだと確実に見つかると思い、髪型から服装までこの手配書とは似ても似つかない格好をしている。髪型を変え、全身のほとんどを隠していた白衣は脱ぎ体のラインが強調されるような少し露出が多い服装へと着替えた。恐らく当分はこの格好でこの手配書の人物だと気付かれることはないだろうと自信を持ちつつ、ハァと溜息を零して掲示板の前からマシュアも立ち去る。ラシュガルの南部に位置するこのカラハ・シャールは商業の街としても栄え、市場も賑わっている。それを横目にとりあえず宿を取ろうと考えたマシュアは中央広場へと向かう。大きな風車に見惚れつつ途中、見覚えのある後ろ姿を見つけた。首を傾げ、すすっと近付いていく。
「あら?ミラさんとジュード君?」
声を掛けるとこちらに向けた二人の顔にマシュアは確信を持つ。
「やっぱりそうだわ!こんな所でまた会えるなんて!あれからどうしてるかなーって気になってたの」
「「………」」
ジュードとミラは顔を見合わせて不思議そうな顔をしている。そこを切り出したのはジュードだ。
「えーっと…失礼なんですけどどこかでお会いしたことありましたか?」
「覚えてないかしら?マシュアよ」
「マシュア……どこかで…」
顎に手を置き考えるミラと米噛に指を当てて考えるジュードが思い出したのはほぼ同時だった。
「「あっ…ええぇええっ!!?」」
記憶の中にあるマシュアとは全く印象の異なるその姿に二人は驚きを隠せなかった。にこにこと笑顔を向ける顔だけを見れば確かに人違いではないような気もしなくはないが、だが確かにマシュアだと言い切ることは難しい。それほどまでに印象が異なっている。ミラとジュードと共にいた青年と少女が説明してくれという視線を送っている。
「ジュード君ーどちら様?この美人は」
「えっと、イル・ファンの研究所で一緒に脱出してきたマシュアさん」
「マシュアよ。よろしくね」
マシュアは手を差し出して握手を求める。
「アルヴィンだ、よろしく」
「そっちの女の子は?」
「…エリーゼ……です」
「ティポだよー!」
「わっ!?ぬいぐるみが喋ってるわ…!」
「ティポは、ティポ……です」
エリーゼがジュードの後ろに隠れながら呟いた。興味深げにマシュアはティポというピンクと紫の少し毒々しい色をしたぬいぐるみを見つめる。
「へぇー」
「何だよコノヤロー!」
「かわいいわね、エリーゼの?」
「友達……」
「そう、友達なのね。大切にしなきゃね」
「はい」
エリーゼが愛らしい笑顔を見せたことにジュードは驚く。さほど付き合いは長くないが、人見知りが激しくあまり自分の思いを表に出さないと思っていたエリーゼがマシュアに少し心開いているように感じられたからだ。
「ところでマシュアはなぜカラハ・シャールに?」
「ミラさん達と別れてからア・ジュールに行こうと思ったのだけど船に乗るお金もなかったから。とりあえず大きな街なら働き口も沢山あるかなと思ったの」
まさかイル・ファンからカラハ・シャールまで歩いてきたのかというジュードの質問にマシュアはけろっとそうだと言った。途中でも依頼をこなし小遣い稼ぎをしながらここまで来たらしいがなかなか女一人でできる芸当ではない。
「あっ宿屋に行くところだったんだわ。しばらくはまだここに滞在するつもりだから、またゆっくり話しましょ」
「はい、…あっマシュアさん、今宿屋に行ったら危険じゃないですか?軍が…」
「大丈夫よ。二人だって私のことすぐに気付かなかったでしょ?バレちゃったら、そのときはそのときよ」
じゃあね、と明るく去っていくマシュアはなかなかに図太い神経の持ち主だと一行は感心した。