Ilmatar | ナノ
それぞれの旅立ち

 研究室に入ると中央にある巨大な機械にジュードはぽかんと口を開ける。

「何これ……」
「やはりか……黒匣の兵器だ」
「………」

 ジュードが機械のモニターに近付き、手探りながらも正確に情報を表示させた。それをマシュアは感心しながら一歩後ろで見ている。

「クルスニクの槍……?創世記の賢者の名前だね」

 振り返ってミラを見れば、ミラは術を展開しており、ジュードとマシュアは驚く。

「ふん。クルスニクを冠するとは。これが人の皮肉というものか。やるぞ。人と精霊に害為すこれを破壊する!」

 突如現れたミラを囲むように現れた四体の精霊達に更に驚くしかなかった。

「彼らが四大精霊……ミラは本当に精霊マクスウェル……?!」
「マクスウェル…?」

 飛び立った四大精霊はクルスニクの槍を取り囲み、術陣を広げる。しかし三人のいる場所よりも上部にふらついた足取りで少女が現れた。

「君はさっきの!?」
「許さない……!うっざいんだよ……!」

 少女が手近の機械でカタカタと何かを打ち込み始めるとクルスニクの槍の先端が開き起動した。そして全身の力が抜けていくような感覚にマシュアは床に膝を突く。

「うっく……!マナが……抜け、る……」
「こんな…っ」
「バカもの!正気か?お前も、ただではすまないぞ!」
「アハ、アハハハ!苦しめ……し、死んじゃえー!!」

 そのまま倒れた少女だが、人の心配をしている場合ではない。このままマナを抜かれ続ければ命の危険もある。

「すこし、予定と、変わったが……いささかも問題は……ない!」

 ミラは体を奮い立たせ、ジュードが先程操作していたモニターに現れた砂時計のような形をした物体に向かって歩き出した。しかし床に魔法陣が現れる。

「ミラ、下!」

 それはその場にいる全員の足元に現れ、更にマナを抜けていく力が強まる。マシュアは動くことができないが項垂れたまま頭をフル回転させていた。この状況を打開するための何か、だが上手く思考が回らない。意識が飛びそうになったその瞬間、強い衝撃波が体を吹き飛ばした。ジュードも同じようにこの部屋に入ってきた扉の手前まで飛ばされていた。

「マシュアさん、大丈夫!?」
「ん…何とか……えっ?!」
「ええ!?」

 ガタガタと足場が崩れ始めた。橋のようになっていたそれが先程の衝撃波でどこか壊れたのだろう。下を見れば底の見えない奈落のような景色だ。崩れてしまえば無意味だと分かりつつも手摺りに捕まっていたが、また衝撃波と光が襲ってきた。今度こそ橋は崩れ、咄嗟に窪みに手を掛ける。飛ばされてきたミラが何かを手にし、術を放とうとするが何も起こらない。ジュードが手を伸ばすが届かず、ミラはそのまま落ちていった。

「ジュード君、私も…手が……きゃあ!」

 マシュアも手が痺れて力が入らず、ずるっと手が抜けて落ちていった。ジュードは一瞬迷うが、自ら捕まる手を離して同じように底の見えない下へと落ちていった。


***


「あら…びしょびしょだわ」

 ぎゅうっとマシュアは自分の髪を絞って水を飛ばす。落ちた先はどうやら地下水道に繋がっていたようで大きな怪我もなく脱出することができた。泳げないミラをジュードが必死で岸に上げている横でマシュアは悠々と休憩している。

「ねえ、これからどうするつもり?精霊の力がないとあの装置はきっと壊せないよ」

 ジュードが心配そうに声をかけ、ミラがぶつぶつと独り言を言っている様を見ながらマシュアはバサッと白衣を振る。

「世話をかけたな、ジュード、ありがとう。君は家に帰るといい。マシュアも外に出られたのだからあとは自由だ」
「あ……」

 何か言いたそうだが何も言わず去っていくミラの背中を見ていたジュードに、マシュアは肩をぽんっと叩く。

「ジュード君、ありがとう。私もここでお別れするわね」
「えっ、大丈夫…ですか?」
「ええ、たぶん。とりあえず早くこの街離れなきゃ。じゃあね」

 ミラ同様惜しむこともなくさっさと立ち去るマシュアにジュードは今度こそ一人置き去りにされた気分にとなった。上機嫌なマシュアは警備兵達に見つからないようにとこの街を抜け出したのだった。
- ナノ -