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侵入者と脱走者

 ラ・シュガルの王都イル・ファン。そこに位置する国立機関ラフォート研究所の一室、薄暗く無機質な機械の音にだけ囲まれた部屋でバインダーに挟まれた実験資料に目を通す女性がいた。緩く三つ編みに結った淡い色をした髪を肩に垂らし、白衣に身を包んだ女性。くいっとメガネの位置を調整し直し、もう冷めてしまったコーヒーの入ったマグカップに指を掛けて資料を速読する。一通り読み終えるとハァ、と女性、マシュアは溜息を零して資料から目を離す。

「――ッ!―――!?」

 ふと、いつもならば必要最低限の音しか聞こえない静かな研究所が騒がしく思えた。気になったマシュアは扉に近付き、感知して自動でスライドした扉からひょっこりと上半身だけを通路に見せた。慌ただしく走り回る警備の兵達を確認し、非常事態が起こっているのだろうとすぐ理解する。

「何かあったのかしら?」
「ハッ!侵入者です!危険ですので部屋から出ないでください!」

 一番近くにいた兵はそう返答しすぐさま走り去った。

「へぇ、侵入者……」

 にやりとマシュアの口角が上がる。


***

「―…精霊の身分証を発行する者に心当たりがない」
「僕……ついていって大丈夫かな……」

 襲いかかってくる兵を次々と倒しながら目的の場所へと向かっている男女、彼らこそが今この研究所を非常事態に陥らせている侵入者だ。だと言うのに悠長に会話をしながら先へと進んでいる。

「待って!」

 突然の背後からの声に彼らはすぐに剣に手を掛け拳を握り、臨戦態勢へと切り替える。そこには部屋から出るなと兵に注意されたはずのマシュアが肩で息をしながら立っていた。彼らの敵意に気付いたマシュアはすぐさま肩の高さまで両手を上げて戦う意志はないことを示す。

「危害を加えるつもりはありません!侵入者の方達ですよね?私ここの研究員で…無理矢理連れてこられて研究させられてたんです。外にも出してもらえなくて…お願いです!一緒に連れて行ってください!」

 マシュアは緊迫した表情でそう懇願した。侵入者達は言葉を交わさずにお互いの顔を見る。

「…良いだろう。だが足手まといになるようなら置いていくぞ」

 女性の方がそう答えた。その言葉を聞いたマシュアはほっとした表情で肩を下げて微笑む。

「ありがとうございます。私、マシュアと言います」
「ミラ・マクスウェルだ」
「僕はジュード・マティスです」
「ミラさんにジュード君、良かった、本当に…」

 胸の前できゅっと握った拳が微かに震えており、ミラとジュードはそれほどまでに酷い扱いを受けていたのかと思う。先を急ぐぞ、とミラは先頭を切って歩いていく。一歩遅れながらミラとジュードに同行し、兵が襲ってきた際にはマシュアは物陰に隠れながら先へ先へと進む。戦闘と戦闘の合間にマシュアはふと気になり彼らが侵入してきた目的を聞いた。

「…そう、恩師が亡くなったの…」
「マシュアさん、ここの研究員なら何か知らないですか?どうしてこんなことをしてるのか」
「……私もよく知らないの。言われたことをこなしているだけだから」
「そうですか…マシュアさんも被害者なんですね」

 どんどん奥へと迷いなく進んでいくミラの背中を二人は追いかける。ミラは黒匣と呼ばれる兵器の破壊のためにこの研究所に侵入したのだと端的に語った。不安げな顔を作りながら話を聞いているが、普段歩き慣れた道をまた違う気分で歩くことにマシュアはひっそりと楽しんでいた。そしてミラが第04研究室と表記された扉の前で立ち止まった。感知して開いた扉を通り抜けて三人は部屋へと踏み込む。
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