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一直線です

「あ、目が覚めた?」

 パタンと本を閉じてうっすらと目を開けたウィンガルを覗き込む。まだ焦点の合っていない瞳にかかる前髪をマシュアは指で避けてやり具合を聞く。

「…問題ない」
「あら、大問題よ。倒れてからウィンガル君の部屋に運ぶまでどれだけ苦労したと思っているの?」
「すまない」
「……ふふ、冗談。兵士さんに運んでもらったわ。私が運べるわけないじゃない」

 起き上がったウィンガルの顔色を見てマシュアはうん、と頷く。

「大丈夫そうね。あのねウィンガル君、わざわざ増霊極の力を直接見せてくれなくても話だけしてくれればよかったのよ。第一世代ならそれこそ副作用だって今ある物の比じゃないでしょう?」
「それで納得するのか、お前が」
「納得するわよ!…たぶん」
「怪しいものだな」

 手に持つ本の背表紙を指で叩きながらマシュアは少しだけ視線を逸らす。数日しか行動を共にしていないがウィンガルにはマシュアという人間をそれなりに把握しているつもりだ。公言するように自分の興味のないことにはとことん疎く、しかし一度興味を持てばとことん突き詰めていく。だからこそ少しでも増霊極に興味を抱くようなパフォーマンスをしなければならなかった。

「分かってるつもりよ。ウィンガル君がそこまでして私を引き留めるのは他でもないガイアス王のためだって。それに一度国内に入れてしまった人間を出すわけにもいかないものね」

 表立った動きはないがア・ジュール、ラ・シュガル両国は今にも開戦してしまいそうなほど緊迫した状態にある。そんなときに敵国の武力事情に精通している人材は貴重だ。また再び敵国へと渡られることも避けたい。

「要は、ウィンガル君は私の監視役を言い渡されたんじゃないかしら?」
「…それなりに頭は回るんだな」
「研究者に発想力は必要事項よ。でも大丈夫よ、私はもうここから出て行こうなんて考えていないから」

 マシュアはウィンガルの手を両手で包み込み、笑顔で見つめる。微かに赤みを帯びているマシュアの顔をウィンガルも見つめ返す。

「だって、こんなにもわくわくする被験者が目の前にいるんだから!」
「…………」
「第一世代の被験者に一度は会ってみたかったの!ラ・シュガルじゃあどれだけ言っても第二世代のデータがあるんだからわざわざ第一世代を試す必要はないだろって拒まれちゃって第一世代のことずっと気になってたの!体内に増霊極が、異物があるのよ?それがどうして作用するのかとっても気にならない?それに副作用だって結局第二世代でも付き物だし、それなら初心に返って第一世代から見直してみたら?って言ってもまた却下されちゃって、あと…(中略)…つまり、私とっても第一世代に興味があったの!」

 長々とまくし立てられてウィンガルはそうか、としか返答ができなかった。何にせよ何かしら興味を持たれたことは良かったことだと解釈する。

「ガイアス王にもウィンガル君に付きっきりで増霊極の研究していいってお許し頂いたからこれからじっくり調べさせてね」
「…………」

 マシュアの笑顔にウィンガルの体がブルッと震えた。まだ副作用が残っているのかと思うが体の気怠さはない。結局気のせいだと処理する。

「あ、ウィンガル君なら知っているかしら?第三世代の被験者の女の子のこと」
「…ああ、それがどうした」
「第三世代のデータはなぜか渡ってこなくてこの前偶然その子に出会ったのだけど、第三世代も副作用ってあるわよね?」
「第三世代は独立型であり直接装備していない分影響は少ないが、副作用は存在する」
「そうよね」

 顎に人差し指を当ててマシュアは何か考えるように俯く。

「気になるのか?存外、人間らしいな」
「あら、それはどういう意味かしら?第三世代の被験者は恐らくあの子だけでしょう。そんな貴重な子を亡くすのは惜しいわ、って思うのは当然でしょ?」
「……やはり、お前はお前だな」
「?」

 ウィンガルの言葉の意味が汲み取れずにマシュアは首を傾げる。パチパチと暖炉の薪が弾ける音が妙に静かになってしまった部屋に響く。結局よく分からないままでマシュアは部屋から去るために立ち上がった。

「一つ教えてくれないか」
「何かしら?私が教えられることならどうぞ」
「ラ・シュガルで何を思いながら例の兵器に携わっていた。何のために今まで続けていたんだ」
「そんなこと?」

 不思議そうな表情を浮かべてからマシュアはクスクスと笑う。その後に、それはね、と続いていく言葉と共鳴するかのように薪が更に激しく弾けだした。
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