Ilmatar | ナノ
つまらない物つまらなくない物

 掌に乗る重みのある物体を様々な角度から観察しながら研究員の話を右から左に流す。

「…増霊極、ねぇ」
「聞いてるのか?」
「ええ、増霊極の説明でしょう?でも私、知ってるもの」
「は?」

 一年程前にジランドから突然渡された研究資料と増霊極の実物をマシュアは思い返す。どこから持ってきたのかと当時は少し疑問にも思いはしたがまさかア・ジュールからだと今になって知るとは思いもしなかった。増霊極についてはラ・シュガルで更に機能の向上を目指し研究も取り組んでいた。つまりはマシュアの期待する見たこともない新しい物ではなかった。がっくりと肩を落として増霊極を適当にテーブルに転がした。

「おまっ何してるんだ!」
「だって全くわくわくしないんだもの。こんなことなら危険を冒してまでラ・シュガルから出るんじゃなかったわ。まだクルスニクを扱っていた方がマシよ」
「貴様っガイアス様にその言葉報告させてもらうからな!」
「どうぞお好きに」

 そうしてとてつもなくやる気を削がれたマシュアが研究室から立ち去り城下へと降りたのが数日前の話だ。街を出ようにも資金が足りない。カン・バルク周辺の魔物を倒しては手に入る素材を売り払って宿屋代と食事代に当てる、その繰り返しで何とか過ごしてはいる。だがずっとこうしているわけにもいかない。マシュアはシーフードシチューを食べながらどうしたものかと悩む。

「何をしている」

 突然降ってきた言葉にマシュアは驚きゴクリと喉を鳴らしてシチューを飲み込んだ。

「あら、リ…ウィンガル君」
「姿を見せないと思えばこんな所で悠長に食事か」
「こんな所、って失礼よ。このお店のシチューとっても美味しいんだから」
「そういう問題ではない。何をしている。ア・ジュールで働きたいと言ったのはお前だろう」

 蔑むような視線を向けるウィンガルにマシュアはバツが悪そうな表情を浮かべる。

「…だって増霊極なんてわくわくしないんだもの…」
「やはりラ・シュガルに流用されていたか」
「あら、知っていたの?」
「一年前、増霊極研究所に侵入者が紛れ込み、研究資料と増霊極を盗み去った」
「それが私の手元に届いたわけね」

 研究資料は隅から隅まで読み込んだ。それこそ資料が無くとも構造を空で言えるほどに。

「だから今更また増霊極のことなんて研究したくないのよ」
「…まるで子どもだな」
「あら悪い?やりたいことをやる、やりたくないことはやらない、そうして私は生きてきたの。これからだってそうよ」
「ならばお前に良いことを教えてやる」
「良いこと?」

 付いて来い、とウィンガルは店を出ていく。マシュアはシチュー代を店員に払い、ウィンガルを追いかける。店を出て左右に視線を動かしてウィンガルを探す。すぐに見つけたウィンガルは城に向かう坂を登っていた。

「まさか私を研究室に戻すための嘘じゃないわよね」
「………」
「それともガイアス王のお説教とか……っ本当に良いことよね?」

 マシュアを無視して歩き続けるウィンガルにマシュアはむっと頬を膨らませる。やはり城内へと入っていくウィンガルにマシュアは城門をくぐることを躊躇しながらも付いていった。そして城内にある訓練所らしき場所まで辿り着いた。

「ねえ、何が良いことなの?」
「しばらく攻撃に耐えるんだ」
「え?」
「はあああぁあっ!」

 誰もいない訓練所をきょろきょろと見回していたマシュアだがウィンガルを中心に吹き荒れる風に片目を閉じた。風が治まり、再び目にしたウィンガルの姿は変わり果てていた。黒であったはずの髪は白く逆立ち、マナが溢れ出て目視できる。何が起こったのか戸惑っているマシュアに何語か分からない言葉を発したウィンガルが剣を片手に向かってくる。紙一重で攻撃を避けたマシュアはとにかく防御しなければと腰に携える二つのジャマダハルを手に取り構えた。しかしウィンガルの行動の意味が計りかねるため無闇に攻撃をするにもいかない。そう思ったマシュアはとりあえず逃げた。(恐らく)物騒な言葉を吐きながら繰り出されるウィンガルの攻撃からとにかく逃げた回った。そうしている内にウィンガルの手が止まり、逆立った髪も元の黒髪へと戻った。

「はあ、はあ……ウィンガル君…?」
「……というわけだ」
「え?」

 肩で息をしながらマシュアは同じように息の荒いウィンガルに歩み寄る。しかし何が、というわけだ、なのか全く分からない。

「私の頭には増霊極が組み込まれている」
「頭に…?」
「それが先程見せた通りの力を発揮する」
「…第一世代、直接装備型の増霊極ね。資料で見たわ。まさかその被験者がウィンガル君なんて」

 霊力野からマナの放出を増大させる増霊極を体内に直接設置する第一世代は試作型とも呼ばれており、その名の通り完璧ではない。渡された資料にもそのリスクを考慮して被験者は一人と記されていた。そのたった一人が今目の前にいるウィンガルだ。マシュアはごくりと生唾を飲む。そして言葉を発しようと口を開いたところでウィンガルの体が崩れた。

「ウィンガル君!?」

 その場に倒れたウィンガルにマシュアは背筋にぞわりと何かが這ったような感覚を受けた。
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