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王と守護者


 カン・バルクに入るとリインは城までの行き方を説明してさっさといなくなってしまった。お礼を言うことも出来なかったがまずは言われた通りに城へと向かった。城門の前には列ができており、全て謁見希望者のようだ。マシュアはその最後尾に並んで順番を待つ。幾度かくしゃみを繰り返していると隣にいた夫人がショールを貸してくれたりまた別の男性が持参していた温かい飲み物を分けてくれたりと至れり尽くせりな状態であった。謁見の順番が回ってきたところでマシュアは城の奥へと進んだ。さすがに城内は暖かく、今まで自然と吊り上げていた肩を下ろす。兵士に連れて行かれた謁見の場所で、数段高い位置にある玉座に腰掛ける青年を見上げた。そして彼の青年がア・ジュールの現王、ガイアスだと認識する。

「初めまして、お目にかかれて光栄です、ガイアス王」
「次が待っている。挨拶は必要ない」
「では、私をこのア・ジュールで研究員として雇ってくださらないでしょうか?」

 前置きなく述べた言葉にガイアスは眉一つ動かさずにほう、とだけ応えた。

「お前にどのような価値がある。そこまで言うのならば何かあるのだろう」
「私は以前までラ・シュガルの研究員として働いていました」

 マシュアの言葉に兵士達が武器を構える。だがガイアスがそれを手を挙げて抑えた。

「こちらにも漏れ伝わっているのでは?ラ・シュガルの新兵器の噂が」
「確かに、ラ・シュガルは以前から何やら秘密裏に作っているようだな。それにお前が関わっていると」
「ええ、私はその兵器、“クルスニクの槍”の開発責任者でしたから」

 さらりと言った内容の重大さを本当に分かっているのかと疑いたくなる軽さだ。周りはざわざわと騒がしくなる。

「その開発責任者がどうしてまたア・ジュールに来る必要がある。しかしそんな信憑性のない話を俺が信じると?」
「信じられなければそれはそれで構いません。しょうがないのでラ・シュガルに戻るだけです。ただ私は私の好奇心にだけ従っているのです」

 何かを企んでいる素振りは全く見せない。発言する言葉に偽りは感じない。そう考えながらもガイアスは完全に信用できないマシュアを睨むように見つめる。

「やりたいことをやる、知りたいことを知る、ただそれだけのことですわ」

 にこりと微笑むマシュアを見下ろしていたガイアスは脇から近付く足音に視線を移す。

「お前はどう思う、ウィンガル」
「はい。恐らくはその者の言うことの九割は真実でしょう」

 全身を黒で包みどのようなときでも崩さない無表情にマシュアはあら、と声を漏らす。先程まで共にいたリインがガイアス王の隣に立ったのだ。

「リイン君がどうして?」
「私は四象刃の一人、ウィンガル」
「フォーブ?ウィンガル?」

 全く意味を汲み取っていないマシュアに近くにいた兵士が呆れた声で四象刃についての説明をしてくれる。そして最後に本当に知らないのか?と問われて迷うことなく頷いた。

「私、自分の興味のないことの知識はこれっぽっちも持たないの。だからそうね、知らなくてごめんなさい」

 あまりにも軽い謝り方に兵士達がざわめく。そんな中ガイアスだけが小さく笑って静まり返った城内に響いた。

「面白い。お前を迎え入れよう」
「っありがとうございます。それでア・ジュールは一体どんな技術を持っているのかしら?」
「ウィンガル、この者を頼む」
「御意」

 歩み寄ってきたリイン、もといウィンガルに笑顔を向けてマシュアはもう一度手を差し伸べた。

「改めてよろしくね、リイン君」
「ウィンガルだ」

 やはりその手は取られることなくウィンガルはマシュアの横を通り抜けてから振り返り、付いて来いと短く指示をした。ガイアスに向かって一礼をしてからマシュアはウィンガルを追いかける。
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