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酒の肴は変人と

 アルヴィンは慣れた足取りでテーブル席へと進み、店員を呼んで適当に注文してくれる。暫くするとテーブルに並べられていく料理にマシュアの腹の虫が静かに鳴った。

「つかそんなに兵器ばっか開発したいって何?実はマシュアって危ない人?」
「あら違うわよ。霊勢についてだとか精霊術だとか研究して仮説を立てたところではっきりとした答えは出てこないでしょ?でも兵器や武器って結果がすぐ目に見えるじゃない。そうするとじゃあこっちの場合はどうなるのか、こっちじゃどう変化するのかって考えるのが楽しくってわくわくするの」

 ムニエルにフォークを突き刺したままマシュアはキラキラとした表情で語る。どう転んだところで兵器開発に楽しみを感じてる人間を危なくないとは言えないな、とアルヴィンは思いながら兵器について熱くなっているマシュアを見る。

「じゃあなんでラ・シュガルの研究所から脱走したんだ?ジュード君が『無理矢理研究させられてた』って言ってたけど、それこそ天職だろ。無理矢理でもそれこそわくわくしてたんじゃねえの?」
「無理矢理研究させられてたのは事実だもの。私自身望んだことじゃないわ」

 果実酒の入ったグラスを傾けてマシュアはじぃとそのグラスを見つめる。

「それなりに楽しかったけど、簡単に言えば飽きちゃったの」
「飽きた?!」
「ええ、そりゃ毎日毎日同じデータばっかり取っていたら飽きちゃうわ。クルスニクはほぼ完成したようなものだし、これ以上何も新しい物も見つかりそうになかったから」

 あまりの予想外の答えにアルヴィンは開いた口が塞がらない。

「そう思ってたときに丁度ミラさんとジュード君が侵入してきたから騒ぎに紛れ込んで逃げちゃったの。逃げるときはわくわくして体が震えちゃったわ」
「はは…とんでもないな」
「そうかしら?」
「よく言われねえ?変わってる、って」
「さあ?あんまりそういう内面的な会話したことないから」

 マシュアの空になったグラスを見てアルヴィンがお代わりを頼む。ありがとう、と言いながらマシュアはサイコロステーキを頬張っている。騒がしい店内はどのテーブルからも笑いが零れている。運ばれてきた果実酒にマシュアはすぐ手を伸ばしてグビグビと飲んだ。

「にしても、よく飲むな」
「あら、いつもよりは飲んでないつもりなんだけど」
「いつもよりはって…」
「ほら、私ここ数年はずっとイル・ファンから出てなかったから楽しみって食事ぐらいしかなかったのね。お酒が飲めるようになってからはそっちにシフトしたの」
「イル・ファンから出てなかった?」
「ええ。国家機関に関わってるから情報漏洩を防ぐためかしら」

 そんな生活よく耐えられたな、とアルヴィンは半ば呆れた口調で言った。イル・ファンの市街地にまで外出できていたとしても監視付だったのだろう。マシュアの言う通り、情報漏洩を防ぐためにはそれぐらい当然だ。だが当の本人は全く気にしていないようでその声はどこも不満そうではない。それがアルヴィンには不思議でならなかった。腹も充分に満たされたところで席を立ち、支払いを済ませて店を出た。

「ご馳走様」
「いやいや、満足してもらえたのならいいさ」
「ええ、とっても美味しかったわ!」

 にこりとマシュアは笑ってありがとう、と礼を言う。

「今日はここに泊まるのか?」
「そうなの。明日にカン・バルクへ向かう予定よ」
「カン・バルクまで送ってってやろうか?」
「ありがとう、でももう同行者がいるの」
「そっか、なら大丈夫だな」
「ええ」

 もう一度礼を言ってマシュアはアルヴィンと別れた。宿屋へと向かう途中、一度振り返ってみるとまだアルヴィンがその場に立っていてマシュアは軽く手を振る。そういえばアルヴィンはこれからどうするのだろうかとふと思うがその疑問も明日に控えるア・ジュール王との対面を思えばかき消された。ア・ジュールに今まで以上の胸を躍らせる何かがあると信じてマシュアは一日を終える。
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