バブルガムブリュレ | ナノ


 短期間ではあるが内容の濃いGW合宿が先程終わり、部員達は疲れた顔にそれでも笑顔を貼り付けて片付けをしていた。片付けを済ませると各々着替えに部室へと行き、順番に帰っていく。

「黄瀬」
「はい」
「…お疲れさん」

 帰る準備をしていたもみじは監督から声を掛けられ手を止める。そして労う言葉を言われたもみじはぷぷっと笑いがこみ上げてくる。それを見てギロリと睨んでくる監督を気付かないフリして、お疲れさまですと挨拶する。今日の練習のことを書き終えるとファイルを閉じてもみじも着替えるために更衣室へと向かう。途中で他のマネージャー達と合流し、お疲れさまと言い合う。

「今日は疲れただろうし明日はゆっくり休んで、反省会はまた明後日するわねー。みんな気を付けて帰って」
「「はーい」」

 みんな着替え終わったところで上級生が短く挨拶を済ませマネージャーも解散する。まだ日が高いがもみじは家に直行してシャワーを浴びて寝ようと考えていた。

「(あ、でもその前に恒例のアレあるやん)」

 小さく溜息を零して携帯を開いた。

「絶対大丈夫だって!」
「そーだよ!自信持っていってこい!」
「ほんとに?慎吾さんに断られたりしないかな…」
「ナオらしくないって!」

 少し離れた場所でしている下級生達の会話が聞きたくなくても耳に入ってきた。携帯の画面には『送信しました』と表示されていてもみじはその画面をしばらく見つめる。送らなければよかった、と思う。ザッザッと何人もの歩く音が聞こえてそちらを見れば選手達が近付いてきていた。

「あ、ほら、来た!今がチャンス!」
「えっ、うわっ」

 ナオが友人達に押されて選手達のところへ飛ばされる。河合がおっと、とナオの肩を支えれば皆の視線が注目する。顔をほのかに赤くしながらナオは目当ての人物へと向き合う。

「しっ慎吾さん!良かったらこの後どこか行きませんか!」

 ヒューヒューとからかうように騒ぐ選手達と握り拳を作って応援しているナオの友人達とをぽけっと見つめながらもみじは携帯を閉じてカバンの中に突っ込む。島崎とナオが二人でどこかへと消えて、その友人達を誘って他の選手達と合宿終わり恒例のコンビニアイスを食す、そうなるだろうともみじは予想して河合に近付いた。

「和さん、私らだけで」
「あ、悪い、ナオちゃん。先約あるんだよ。みんなでアイス食べるって恒例行事でさ、何ならナオちゃんらも一緒に行く?」
「慎吾バーカ!二人でどっか行けよ!」
「うるせーな!俺は今日アイス食べるために頑張ったんだよ!」

 結局、ナオとナオの友人達も引き連れて恒例のコンビニアイスを食べにいくことになった。コンビニまでの道のり、ナオは島崎の隣をキープしていてもみじは少しだけ気になっていることを聞くことはできないまま、自転車を押して皆についていく。コンビニに着けば駐車場に迷惑ながら集まってそれぞれ買ったアイスを食べ始める。

「もみじ先輩、パピコ半分あげる!」
「ありがとー、利央」
「うわっダッツ食べてる!金持ち!」
「自分へのご褒美やからええねん。このために最近甘いのガマンしてたし」
「じゃあパピコ返してくださいよ!」
「一回貰ったもんは返さん。しゃーなし代わりに一口あげる」

 その言葉に利央はあんぐりと口を開けて待っている。濃厚なバニラアイスをプラスチックのスプーンですくって利央の口に運ぶ。

「うま!ダッツうまっ!先輩もう一口!」
「あげるか!調子のるんちゃう」
「利央甘やかすなよーもみじちゃん」

 ぬっと突然現れた島崎にもみじと利央は驚く。片手にはすでに食べ終わったらしいアイスの棒が握られていた。

「ついでに俺にもダッツ一口」
「あげへん」
「何でだよ!利央にはあげたクセに!」
「だってほら、利央は」
「そうだもみじ先輩言ってやれ!」
「…犬みたいだから」

 ガクッと項垂れる利央と大笑いする島崎。それを全く気にせずもみじは溶けてきたアイスを急いで食べる。

「あーほら、んな急いで食ったらここのお肉がまたヒドいことになるぞ」
「なっ触んな変態!」

 スカートに乗った腹の肉を遠慮なしにつまんで島崎はにやにやと笑う。ベシンッとその手を払い落としてもみじは島崎に背中を向けて食べる。

「慎吾さんセクハラ…」
「スキンシップだよ」
「セクハラや!訴えたらヒャクパー勝てるし!」
「俺はもみじちゃんのためを思って言ってやってるのにそんな言い方ねーだろ」
「黙れ万年脳内ショッキングピンク男」
「ぶはっ!ショッキングピンク!」
「りおー笑いすぎだー!」

 食べ終わったカップをゴミ箱に捨て、もみじは利央からもらったパピコを開けて口に入れる。

「んなこと言われるんならナオちゃんと抜ければよかったなー」
「今からそうしたらええやん」
「興味なし!?」
「うん」
「じゃああの熱いメッセージは何だったんだよ!」
「熱いメッセージって何すか?!」

 島崎に締め技をかけられていた利央の顔がぱっと輝く。同時にもみじがぶっとパピコを吹き出した。島崎がポケットから取り出した携帯に熱いメッセージが表示された画面を利央に見せる。

「……『アイス』?」

 そこには『アイス』とだけ打たれたメール画面があった。差出人はパピコをくわえているもみじ。これのどこが熱いメッセージなのか利央には分からない、全く分からない。

「このメール来たからもみじちゃんと恒例アイス食おうと思ったのによ」
「別に、慎吾センパイとアイス食べたかったわけちゃうし、恒例やし、たまたま慎吾センパイのアドレスがすぐ出てきたから慎吾センパイに送っただけやし、結局センパイ、ナオちゃんらとずっと一緒におるやん」

 まだ締め技を決めていた島崎と利央が解いてもみじに背中を向けて何やらこそこそと話し始めた。

「分かったか利央、今のがツンデレってやつだ」
「おー!生で見た!」
「何言ってんねん!!」

 吸い終わって空になったパピコの容器を二人に向かって投げ捨てる。こつこつ、と島崎と利央の頭に見事に命中したパピコの容器はからからとアスファルトに落ちる。首筋に流れた汗を拭ってもみじは不機嫌そうに自転車に跨がった。今にも帰ろうとするもみじを二人で全力で止めて騒げばさらに汗が流れ落ちる。だけど五月の風は涼しくてそれが心地いい。


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