バブルガムブリュレ | ナノ


 毎年恒例のGWの合宿が始まった。練習には最適の快晴の中、普段通りのマネージャー業に勤しむグループと調理室で大量のご飯作りをするグループと分かれ、今日のもみじは調理室担当だ。ザックザックとキャベツを千切りしながら調理室から見える練習風景をちらっと見る。楽しそうに話しながら調理をしている輪の中には相変わらず入れていない。

「もみじ先輩、この前慎吾さんと2人っきりで買い出し行ったんですよねー?」
「え、うん」

 突然現れた後輩に少し驚きながらこくんと頷く。後輩の手にはニンジンとピーラーが持たれていて、慣れた手付きでニンジンの皮を剥きながらにこにこと人懐っこそうな笑顔を見せて話しかけてくる。

「うちのクラスの子が先輩達見かけたらしくって、何だかただならぬ関係に見えたって言ってたんですけど、真相はどうなんです?」
「ただならぬ関係?真相?」
「つまりー、2人は付き合ってるんですか?」
「はぁ?」

 カンッとまな板がいい音を出した。思わず眉間に皺を寄せて後輩を見ると、その顔があまりにも怖く見えたのか後輩は苦笑いして少し身を引いた。

「だって、聞いた話だと…慎吾さんが先輩の頭撫でてたり、手繋いだりとか…」
「………」
「そんなことしてるのに何にもないんですかー?」
「何もないよ。私も慎吾センパイもお互いそういう風に思ってへんし。センパイは女の子なら誰にでも頭撫でたりするで」
「ふーん。じゃあ手繋いでたのは?」
「もたもた歩くから早よ行くでって引っ張っただけ」

 すっすっとニンジンを剥きながら後輩は納得したのかしていないのか分からないが頷いている。

「じゃあ、もみじ先輩がアタシと慎吾さんの仲取り持ってください!」
「……へ?」
「だって2人は何にもないんですよね?アタシ初めっから慎吾さんにチェックしてたんです!軽そうだけど絶対優しいし、カッコいいし!」

 もみじの思考が追いついていなかった。この後輩は何を自分に頼みにきているのかよく理解できない。とりあえず包丁を置いて、ゆっくりと後輩が今言ったことを頭の中で繰り返す。

「ダメですか?」
「いや、えーと…ナオちゃん」
「はい」
「何がええのあんな人」
「えーだって良いとこばっかですよ!野球部のレギュラーってだけでポイント高いし!先輩はアタシと慎吾さんが付き合うの応援してくれないんですか?」

 そんな問題ちゃうわつかくっつく前提かよしかも何でそれを私に頼んでくんねん人選ミスすぎるやろその上相手が相手やし何なんこの子!?と、心で叫びながらにこにことまだ笑顔の後輩を呆れた目で見つめる。再び包丁を手にして千切りの続きをしようとキャベツに向き合った。

「ごめんやけど私、そういうことできへんわ」
「え?何でです?協力してくれたって良いじゃないですか!」

 声を大きくして言うので調理室にいる人間の視線が全てこちらを向いた。

「何にもないなら協力してくれますよね?それともやっぱりもみじ先輩は慎吾さんのこと好きだからしてくれないんですか?」
「はぁ?あのさ、」
「そうならハッキリ言えばいいじゃないですか!そんなの興味ありませんってとぼけてバカみたい!」

 ダンッともみじはまな板に包丁を振り下ろす。突き刺さるように包丁が直角に立ち、後輩は目を見開いてその包丁を見た。

「ええ加減にせえよ。アンタのくだらん恋愛なんかどうでもええねん!知ったこっちゃない!!手伝う義理もなんもないわ!つまらん妄想並べる前にやることしっかやれや!」
「…………はい…」

 涙目でニンジンとピーラーを抱えて離れていった後輩に、溜め息を吐いてまな板から包丁を抜き取る。わりと奥まで刺さったようで木製のまな板に穴が開いてしまった。ざわつく中に大丈夫?と先程の後輩に声をかけているのも聞こえ、イラッとする気持ちを目の前のキャベツにぶつける。うおおっと心の中で叫びながら力の限りキャベツを千切りにしていく。みるみる千切りが出来上がっていく後ろ姿はまるで職人だ。一玉全て千切りし終え、達成感に出てもいない額の汗を拭う仕草をした。その後は順調に調理が終わり、食事をセッティングして部員達や外のマネージャー達を呼んで一斉に食べ始めた。

「うっまー!」
「オレ、グリーンピース嫌いなんだよ…」
「おかわりドコ?」

 賑やかに食事が始まり、部員達の反応に調理を担当したマネージャー達は満足げな顔をしている。

「慎吾さーん!このニンジン、私が切ったんですよ」
「へー、どうりで形がいびつ」
「ちょっと慎吾さんヒドいし!」
「形は味には関係ねえし」

 もみじは耳に入ってくる声にまたイラッとする。何となくこの場にいたくなくてぱくぱくっと箸を進めて早く食べ終える。食事をする部屋から出て、外にある三段ぐらいの階段に腰をかけた。ココなら話し声もただの音になって聞こえるだけ。

「黄瀬何してんの?」

 誰も来ないと思っていたのに話しかけられてもみじは素早く振り向いた。コップ片手に立っていたのは我が野球部の二年生エース、高瀬準太だ。高瀬は自然な動作でもみじの隣に座る。

「なーんもしてへん」
「そっか。……あのさ、さっき聞いたんだけどさ」

 その続きは言われなくても分かっていてもみじは盛大に溜め息を吐く。

「オレらは黄瀬と慎吾さんが何もないって分かってるけど、知らないヤツらは勝手な噂するよな」
「別にええよ。何て思われてても実際は違うんやから」
「黄瀬ならそう言うと思ったけどな」

 にかっと爽やかスマイルを見せて高瀬はコップの中のお茶を飲む。膝に頬杖を突きながらもみじは真っ暗なグラウンドがある方向を見ている。

「でも何そんなイラついてるんだ?」
「イラついてないよ」
「いや、イラついてる」
「……イラついて、る、んかな…」

 うぅんと唸って膝を抱えて蹲る。

「別に…慎吾センパイとは何もないし、誰と付き合おうが関係ないし、好きにしたらええって思ってるよ?」
「うん」
「でも何かあのナオちゃんの声聞いたら…こう、お腹らへんがむやっとして…」
「…それってさ、嫉妬?」
「はぁ?!」

 ガバッと顔を上げて涼しげな顔をする高瀬を見た。

「何に?!!」
「えーと、ナオちゃん?に」
「何で!!」
「慎吾さんと喋ってるから」
「意味分からんし!!!!」

 頭をブンブン横に振って否定するもみじをぷっと高瀬は笑う。半分冗談のつもりで言ったのがこうも真剣に受け止められるとは思っていなかったからだ。ついでに必死すぎる顔がツボに入る。

「何笑ってんねん!」
「イテッ!悪ィ、んな全力で否定するとは思わなかったから…くくっ」
「だって有り得へんもん!嫉妬とか…そんなんちゃうし!!」
「だから…ぷっ……必死…っ」
「笑うな!ちゃう…私はただ、そう!さっきまであんな塩らしいなってた人間がコロッと態度変えてんのが気に入らんねん!!そうや!」

 自己完結したもみじは今度はこくこくっと頭を縦に振って肯定する。この激しい頭の振りに天辺に位置するお団子は寸分も乱れていない。

「そうだろうな、そういうことだよ」
「うん!あースッキリした!」

 もみじが言うことが正しいのかそうでないのか真相は分からないが、今はもみじがそう整理したのだからそれで良いのだろう高瀬は思い、それ以上は何も言わなかった。

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