バブルガムブリュレ | ナノ


 左手首にした時計に目をやりもみじはふぅと息を吐く。

「ごめんごめーん」
「…遅い」
「ごめんって!もみじちゃんほら笑ってー」
「触んな変態」

 ほっぺたをつついてくる手をハエのごとく叩き落としてもみじはカバンからメモを取り出す。

「買い出しいっぱいあるんやからちゃんと時間通りに来てくれな困るんですけど」
「相変わらずもみじちゃんはマジメだな」
「慎吾センパイがズボラなだけや!」

 ぷいっと顔を背けてスタスタと先を歩いていく。その後ろを顔を緩ませて島崎は追いかけた。

「もみじちゃん、今日の慎吾センパイに一言ない?」
「何が」
「私服だぜ?みんなの憧れ慎吾センパイの私服にコメントは?」
「わーちょーかっこいー」
「棒読み!棒読み!」

 無視して歩くスピードを速めたもみじに島崎はちぇっと不服そうに唇を尖らせる。しばらく歩き、信号待ちで止まった隣に立つ小さな頭に島崎はぽんっと手を置く。

「何やの!」
「いやほら、もみじちゃんいつもお団子だから頭撫でれねーし。この機会に思う存分撫でてやろうと思ってな」
「ほんま変態!だから慎吾センパイなんかと一緒に買い出し行きたなかってん!えぇいっ三メートル離れろ!!」
「なんかって何だ!?オレはこんなにもみじちゃんのこと思ってるっつーのにもみじちゃんは…っ」
「誤解されるから黙ってくれはりません…」

 呆れた冷ややかな目でもみじは島崎を見る。えぐえぐと呟きながら泣き真似をしている年上の男をもみじは心底うざいと思った。あまりにもしつこく泣き真似を止めない島崎の手を取ってもみじは青信号になった横断歩道を歩いていく。

「センパイほんまうっとーしいわぁ」
「でも置いていかない優しいもみじちゃんでした」
「あんな道のど真ん中で嘘泣きされたらほっとかれへんやろ!一緒におるこっちが恥ずかしいわ!あーやっぱ和さんに付いてきてもろたら良かった…」
「和己は今日、妹の誕生日だから来ねーよ」
「…慎吾センパイ以外やったら誰でもええし」

 ごめんごめん、と撫でてくる手を払いのけてすぐそばの店に入る。野球の専門ショップを見て回り監督から頼まれた物を探す。

「センパイ、あれ取って」
「はいはい」
「あと、そっちのやつも」
「コレ?」
「それ」

 会計を済ませるとまた次の店へ、また次の店へと移り全て買い終えたときには日が沈みかけていた。ファーストフード店に入り、席に座って島崎は脱力する。

「お疲れさまです」
「マジで疲れたなーこんなのいつも一人でしてんの?」
「いつもはこんな多くないから。今日は合宿の買い出しもあるから、付き合ってもらえてほんま助かりました」
「いえいえ」

 ジュースを飲みながらもみじはこの大量の荷物をどうやって持って帰ろうかと考えていた。買い出しは手伝ってもらえたが、ここから家に持って帰り、さらに明日学校まで持って行くのはなかなか大変だと今更気付く。

「監督の雑用ばっかでしんどくない?」
「?全然」
「そか、良かった。一応責任感じてんだぜーマネジならない?って誘ったのオレだから」
「へーそうなんや。大丈夫、楽しい!こうやって色んなお店回るんも、合宿やて準備すんのも、監督より先回りして行動したろって考えんのも全部楽しい!」
「すげーなもみじちゃんは」
「そかな?」
「うん、すげー」

 首を傾げながらズズとジュースを飲みきる。二人の間にあるポテトにはやはり手は伸ばさず、ちらちらともみじは視線を送っているだけだ。食べたいクセに体型を気にして食べないもみじを知りながらも島崎はあえてポテトを注文してもみじのこういった反応を見て楽しんでいる。結局島崎一人でポテトを全部食べ、店を出た。駅で別れて帰るつもりだったもみじだが島崎は家まで送ってくれ、荷物も多めに持ってくれたのでラクな帰り道だった。

「センパイありがとう」
「いんや、かわいい後輩のためだからな」
「じゃあ、また明日」
「ん」

 よいしょ、と荷物を抱えて玄関の前まで進んだもみじはカバンから鍵を探す。なかなか見つからない鍵にしょうがないのでインターホンを鳴らして中から親に鍵を開けてもらおうと思い、門まで戻る。そこにちょうど走ってきた島崎がいてもみじは目を丸くした。

「あれ?センパイ帰ったんちゃうん?」
「言い忘れてたことあったからさ」
「なに?」
「もみじちゃんの私服かわいいな。と、今日は楽しかったよ」
「……それ別にわざわざ戻ってきてまで言わんでええやろ」

 相変わらず冷ややかな視線を島崎に送る。

「普通の女の子はこれで結構落ちるんだぞ!」
「すんまへんな、普通と違て。んでセンパイのこと別にこれっぽっちも何とも思ってへんからよけいにただのうざい人にしか見えへんわ」
「ヒド!」
「はいはい、すんまへん。ほなまた明日ー」

 インターホンを鳴らしてもみじはまた玄関前までの階段を登っていき、ガチャと開いた玄関扉の中へと消える。島崎は肩を竦めて何となく緩む口元を手で押さえながら帰っていった。

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