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 野球の名門校と謳われるこの桐青高校にも新入部員を迎える新学期がやってきた。ずらりと並んだ新入部員と相対するように立つ上級生達。新入部員は一人ずつ名前と希望ポジションを述べて挨拶していくのをじっと見つめられる。監督、部長、レギュラー陣が上級生達の一番前に立ち、その他の部員は後ろに並びながらコソコソとアイツはどこ中の有名なヤツだと噂する。睨みを利かせる監督に萎縮新入部員達は哀れなほどおどおどとしていて、噛めばぷっと笑われる。毎年大所帯の野球部は今年も例に漏れず、同じくマネージャー希望者も多かった。選手の自己紹介が終わると次はマネージャー希望者の番である。やはり監督の鬼の形相にすでに辞めたいと思い始めている人間もいるはずだ。一通り終えると監督と上級生とマネージャーの挨拶をし始める。全体の人数が多いためにこれだけにかなりの時間を割いているが、最初の挨拶はきっちりすると律儀な監督の方針のため誰も異議を唱えない。その場にいるマネージャーの挨拶が終わると部長である河合和己がきょろきょろと周りを見回した。新入部員達は突然どうしたんだと不思議に思っていると、ぴたりと止まった河合の視線の先に一人の女子がいた。

「…黄瀬!」

 その場にいる全員の視線がその呼ばれた女子に向けられる。なぜかボール磨きをしているその人物は磨いている途中のボール片手にとぼとぼとこちらに歩いてきた。

「ダッシュ!」
「はーい」

 河合に急かされ、やる気のない返事をして走ってきた女子は、少し色素の抜けた茶色の髪を前髪も集約して頭の天辺で走っても一切乱れないお団子と少し広いおでこがまず目に付いた。

「何すか」
「自己紹介!」
「あー、黄瀬もみじ、二年、マネージャー」
「挨拶!!」
「よろしく。監督、仕事戻ってええですか?」
「ん」

 そう言って背中を向けて去っていった。呆気に取られる新入部員達の顔を見て監督と河合以外は笑いを堪えている。河合は咳払いをし、一度区切りをつける。

「見ての通り、うちは人数が多い。だが夏大では新入部員から一人レギュラーに加える伝統がある。誰もがその一人になる可能性があると思って頑張ってくれ、以上!」

 やっと全ての挨拶を終え、本格的に部活が始まる。上級生のマネージャー達の所に新入生が集まり基本的な一日のマネージャー業務の流れを説明し始めるが、やはりもみじは山積みのカゴからボールを一つずつ取り磨いていた。

「…これが大方の一日の流れね。何か質問ある人?」
「あの……あの人は、何してるんですか?」
「もみじちゃん?あの子は気にしないで。基本的に個人作業担当でマネージャーっていうか監督の雑用係みたいな子だから。ちょっと変わってるしあんまり関わらないことをオススメする」

 最後は声を小さくしてこそっと告げた。あぁ、と新入生は何を納得したのか頷いて笑い合う。マネージャー達の視線がちらちらと送られているが本人は変わらずボールを磨いている。

「もみじちゃーん」

 ずしりと背中に重りを感じてもみじは手を止める。

「何や、慎吾センパイ」
「まーた色々言われてるよ?いいの?」
「ええねん。好きに言わせといたら」
「本当はただちょっと人見知りなだけなのにねー」

 背中から降りてもみじの横に屈み、島崎慎吾は綺麗に磨かれたボールを一つ手に取る。

「ええねんって。センパイが私のこと分かってくれてるやん」
「えっ何?もみじちゃんそれちょー可愛いんだけど!デレ?デレ期?!」
「うぜぇうっせぇ。監督ー島崎慎吾がサボってまーす」
「オラ!島崎ー!!」
「はいぃ!」

 びしっと真っ直ぐに立ち上がって走り去った島崎の後ろ姿を見つつ、ハァと小さく息を吐いた。離れたところにいるマネージャー集団はドリンクの作り方を説明しているようだ。手の中のボールを見つめ、カゴに戻して立ち上がった。そしてマネージャー集団に近付いていく。

「センパイ、」
「えっ…なに?もみじちゃん」
「手伝えることあるんやったらするんで、言ってください」
「えっ、あ、うん。ありがと」

 それだけを言うともみじはまた自分の現在の定位置に戻ってボールを磨き始める。壁を作られて話されるのはもう慣れっこだ。

「すいませーん、この終わったボール持ってっていいスか?」
「うん、ええよ」
「ん?関西弁?」

 もみじが顔を上げると不思議な目の色をした明らかに日本人じゃない顔があった。

「うわっ外人さんや」
「関西弁だ!大阪の人?」
「そう」
「すっげーナマ関西弁!」
「そんな喜ぶことちゃうやん…」

 むしろそっちの容姿の方がビックリや、ともみじは思いながらテンションの上がる知らない男子を見ていた。しかもなぜか握手を求められ、雰囲気に流されて握手をする。

「オレ、仲沢利央!」
「…黄瀬もみじ」
「もみじさんは何で埼玉つか桐青来たんスか?」
「親の仕事の関係で…、それよりボール持ってくんやろ?早よしやな怒られんで」
「あっそだ!じゃあまた後で聞かせてくださいよー」

 磨き終わったカゴを二つ重ねて持って利央は賑やかにいなくなった。何となく疲れたもみじは手を止めて、肩を回す。ついでに首も回せばいい天気の空が視界いっぱいに映って、ふわぁと脱力した。まだ新学期は始まったばかりだ。

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