バブルガムブリュレ | ナノ


「ムリや…」

 珍しく弱音を吐いているもみじに山ノ井が上からのしかかった。むぎゅとカエルが潰されたかのような声を上げて、握っていたプリントを奪われる。

「テスト範囲?」
「中間…もうすぐやし」
「あーそういやそうだなー」
「…てかヤマさん重い」

 ほいほいと山ノ井はもみじの上から離れて隣のパイプイスに座る。また珍しく真剣な顔つきでプリントをまじまじと見つめている。

「ヤマさん、勉強教え」
「ムリー」
「やんな…初めから期待してへん。この部に期待するんが間違いや」
「まあ頑張れよ!」
「うわー他人ごと。選手は野球で成績残したら推薦あるけどマネージャーは何もなしって不公平やと思わへん?ていうか大学云々の前に留年するわ…!」

 ギリギリと返ってきたプリントを握りしめて来週に迫っている中間考査をどうしたものかと悩む。

「もみじってんなに成績悪かったっけ?」
「いつも平均ちょい上」
「んだよだったらヨユーじゃん」
「ヨユーちゃうわ!」

 学年が一つ上がればやはり勉強の難易度も少し上がる。覚えなければいけないことも増える。部活で時間を取られて普段勉強する暇もないのだからテスト前は焦って勉強するしかない。今まではそれで何とか成り立ってきたが、さすがにそろそろ危機感を覚えるもみじだった。部活終わりの空いた時間にもみじはテスト範囲の数学の問題を解く。着替え終えた山ノ井は他のメンバーを待っている間ずっともみじの隣で唸っているもみじを見ていた。

「おつかれっしたー」

 ぞろぞろと部室から出ていき誰もいないことを確認したもみじは部室の鍵を閉め、同じく帰り道を歩き出す。とりあえず何人かと一緒にコンビニに寄って買い食いするがいつの間にかちらほら人数が減っていっている。英単語帳をコンビニの光を頼りに見ながら駐車場のブロックに座ってもみじはウイダーインゼリーを吸っている。その横に山ノ井がまた現れる。

「もみじさー」
「はい?」
「いつんなったら慎吾と付き合うんだよ」
「ぶはっごほっ」

 唐突な質問にもみじはむせて周りから大丈夫かー?と笑われる。

「何言ってんすかありへえへんしヤマさん頭おかしいんちゃう」
「だってよーお前ら周りから見てりゃ付き合ってるみたいだぜ?逆になんで?」
「いや、なんでって、そんなんちゃうし」
「じゃあ慎吾に彼女ができてもいいんだ」

 ウイダーを飲むのにゴクッと喉が鳴る。もみじは英単語帳に目を落としながら、数秒、固まった。

「うん」
「まじ?」
「色々考えたけど、あかんって言う理由見つからんもん」
「慎吾かわいそー」
「なんでや!関係ないやん!」
「何とも思ってねーの?」
「何とも、…その、ヤマさんが言うようなことは思ってない。慎吾センパイには感謝、してるだけ」
「ふーん」

 ジュッとウイダーを飲み干してもみじはゴミ箱に捨てにいく。また山ノ井の隣に戻ってきて見てもいない英単語帳を開ける。

「じゃあオレの彼女なる?」
「ほんま何言ってんすか。ヤマさんかわいい彼女さんおるやん」
「まーねー」
「…慎吾センパイかて、すぐ彼女できるやろ。んだらみんな私とのことなんか言わんくなってくれるかな」
「慎吾の前の彼女知ってるっけ?」
「えーと、お人形さんみたいな人やっけ?それかモデルさんみたいな人?」
「モデルモデル」

 コロコロ彼女変わってるからどの人がいつか分からんわ、ともみじは笑う。それに山ノ井も頷きつついつもの笑顔でもみじの頭に手を置いた。

「でもあの元カノと別れたのが去年の秋で、そっから彼女無し」
「ふーん」
「別れた理由知ってる?」
「ううん」
「慎吾、もみじといるときのが楽しそうって言われたんだよ」

 なぜか分からないが山ノ井がもみじの頭を撫でる。ぱちぱちとまばたきを繰り返すだけのもみじはじぃと山ノ井を見ている。

「それ聞いてみんなで大爆笑」
「………」
「まあ確かにそんとき倦怠期っぽくて慎吾、元カノのことちょっとうっとしがってたしな。でも別れ際にもみじの話出されるって面白くね?」
「何も面白くないです」
「怒んなって。オレらはさ、お前らがんな付き合うとかってネタで言ってるだけだけど周りから見りゃマジに取られるんだって」

バタンと単語帳を閉じてもみじは視線を自分の手に移した。ぽすぽすと頭を軽く叩いた山ノ井がよいっしょと立ち上がる。

「もみじとくっついてくれりゃオレらも慎吾の女癖の悪さ治ると思ってんだよ」
「あんなん天性のもんやから一生治らんわ」
「かもな」

 山ノ井は笑いつつ、それでもしばらく彼女無しの島崎を思い浮かべ、案外冗談ではないのかもしれないと思うのだった。

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