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起きたら知らない部屋。薄暗くて、一つだけの窓から差し込む光も弱々しくて人が住んでるのかも怪しい。テレビもパソコンも何もなくて、本当に誰も住んでないんじゃないの。でも冷蔵庫の鈍い動作音がして、勝手に空き家に忍び込んで寝てたわけじゃないことが分かる。いやでも空き家の方が良かったかも。勝手に人の家で寝てたとかタチ悪すぎ。えっマジで勝手に上がりこんだわけじゃないよね。落ち着け、まずは落ち着け、私。こういうときは、冷静に、消えかけている記憶を引っ張り出せ。えーと昨日は飲み会で、ていうかその前にバカ男と別れて、何かむしゃくしゃして、まずビールを五杯、焼酎ロックでワインも一本空けて日本酒も飲んで…ってよく飲んだの覚えてるな自分。いやそこはいいよ、その後だよ肝心なのは。みんなと別れたまではまだ正気を保てていた、はず。えーとえーと、……無理、思い出せん。ああ恐ろしい。私って酒癖悪かったんだ。いや待て、それよりもこの部屋の主さんはどこ?不審者置いてどこ行ってんのよ物騒な。うん、私が言うことじゃない。腕を組んで首を捻って考えてたらガチャと鍵が解除される音がした。開きそうな扉を見つめて、何て言おうか考える。とりあえず謝らなきゃね。あと、事情を聞かないと。あとは、

「あれ?まだいたんですか」
「えっ」

扉を開けたのは私と同い年ぐらいの男の人だった。カッコいいし。じゃなくて、その人はちょっとだけ驚いてるみたいで、てかまだいたって失礼じゃない。こっちはちゃんと謝ろうと待ってた、こともないけど、とにかく失礼だと思う。

「てっきりもういなくなってるかと…」
「まだ居座っててスミマセンね」
「えっ、いや、テーブルに一応書き置きしたんですけど…」
「書き置き?」

そういえばずっと背を向けてるテーブルを見るとそこにはメモ帳を破いたような紙があった。そこには細い字で『鍵は開けたままでいいです。お大事に』と書かれている。全く視界に入ってなかった。現状にいっぱいいっぱいで。

「……ごめんなさい」
「あ、謝らなくてもいいですから!それよりお腹、空いてませんか?今から作るので良かったら食べてってください」
「いや…さすがにそこまで図々しくは…」
「一人分も二人分も変わらないので気になさらず」

爽やかな笑みを返された。不覚にもちょっとキュンとした。いや、こういう男ほどダメなんだから。いい加減学習しようぜ私。タンタンとリズム良くまな板を叩く音がして、ちょっとだけ彼に近付いて手元を覗き込む。ピーマンが均等に細長く切られててすげーって思わず声が出てしまった。そうしたら彼は照れたような顔になってまたキュンとする。落ち着けー!

「あっ、き、昨日、私、酔ってて全然覚えてなくて、何か失礼なことしませんでした?!」
「えーと……」
「したんですね!いやーっごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!………ちなみに何を…」
「…本当に、結構酔ってたみたいで、その…一人で歩いていたのでタクシーを捕まえて乗せようとしたんですけど『アンタも私を捨てるのか』って叫ばれました…」

顔、面、蒼、白。血の気がさーっとどっか消えて私は頭がくらくらする。とりあえず私はその場で土下座をして平謝り。おでこをカビ臭い畳に押し付ける。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「そっそんな!顔を上げてください!そんなに気にしてないので…」
「………ウソだー!顔に迷惑って書いてるー!!うわーんもう最悪死にたいーっっ」
「落ち着いてください!」

一つだけの窓に向かって走ってガラリと開けた窓に私は足をかけた。飛び降りて死んでしまおう、そう思って窓枠を蹴った。でも地面は一向に近くならなくて体はぶらりんと宙に浮いてる。腰のあたりがぎゅっと締められてて何だよって思ったら彼が私を抱いていた。

「落ち着いてください。此処から飛んでも骨折ぐらいで死ねませんよ」
「…打ちどころ悪かったら死ねるもん」
「とにかくご近所にも迷惑かかってしまうので、落ち着いてください」

あっ迷惑って言った。やっぱり迷惑な女か私は。泣きそう。ゆるゆるとまた畳に下ろされて彼は私の前に座る。近くで見れば見るほどやっぱりカッコ…じゃない!

「僕は迷惑なんて思ってません。昨日だって、迷惑ならそのまま無視して帰ってます」
「でも今ちょっとウザいって思ったでしょ…」
「いいえ。僕は貴女を守ってあげたいって思いました」
「ふへ?」

マヌケな声。ってか何この人。今なんて?守る?誰を?アナタって…ここには私しかいないよね。へ?私?

「あのー…ちょっと頭大丈夫ですか?何なら良い脳外科の先生紹介しましょうか…?」
「僕が貴女を守ります!」

そう言って抱きつかれた私は正月とお盆が一緒に来たみたいな顔してたんじゃないの。自分でも分かるにやけよう。この人に守られてみたいと思った私はバカな女じゃないと信じたい。いやバカな女でもいいかも。





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