zzz | ナノ


「あれ?」

何気なく外を歩いていると前から来た女と目があって女はパッと顔を明るくした。何だと一瞬思って、その顔に見覚えがあることに気付く。

「うわー久しぶり!元気だった?てかスーツ似合わないしー」

からからと笑って女は俺を指差した。俺が覚えているかぎりの女とさほど変わらず、人間って案外何年経っても変わらないもんなんだと思う。俺は変わったけど。

「会っていきなりそれ?公務員だよ、敬えよー」
「うっざー!公務員だろうが何だろうがアンタはアンタだし」
「……あ、そう」

女としばらく立ち話をする。一方的に女が喋ってそれに俺が相槌を打つ。女は同級生のどいつに会ったとかこいつは今留学してるとかよくもまあそんなに色んな人間の情報を知っているなと感心する。女は一頻り話し終えると、ふっと少しだけ顔に陰を作った。

「…全然連絡くれないから心配したんだよ」
「そうなんだ。余計な気使わせちゃったね、ごめんごめん」
「あの時から何考えてんのか分からなかったけど、しばらく会わないとますます分からなくなるな。…ま、生きてたのだけでも分かったから良しとしようかな」

はぁ、と女は溜め息を吐いてから笑った。ふと、女の腹部に目が行った。何となく違和感を感じる。

「お前ちょっと太ったんじゃない?大丈夫?」
「は?最悪!そういうことって思っても言わないのが礼儀じゃないの!?つか太ったんじゃありませんー!」

女は腹部にそっと手を当てる。それが俺の知ってる女の仕草じゃなくて少し驚く。慈しむように腹部にやった薬指に指輪のはめてある手を見つめる。そんな表情も初めて見た。

「自分でも不思議なんだ。ここにもう一つ命があるんだよ。自分が誰かの母親になるなんて考えもしなかった」

いつの間にか女は母親になろうとしていた。まだ膨らみの小さな腹部はそれでも命がそこにある。なぜか寒気がした。

「私らしくないけどさ、こういう幸せもあるんだーって」
「良かったね」
「ちゃんと、幸せはあるんだよ」

女は眉尻を少し下げて笑った。いつだったか、俺は女に同じことを言った気がする。あのときのことを女は覚えているのか。誰よりも傷つきやすかった女はちゃんと幸せを見つけられたらしい。

「さて、家帰ってリラックスしよっかな」
「ん、お大事に」
「お大事に、よりも他に言うことない?」
「へ?他にって…」
「ほら、ねっ、オメデタって言うぐらいだよ?」
「ああ、…おめでとうさん」

よし、と女は満足して笑った。それから手を振って女は背を向けて歩き出す。身重のわりにはすいすいと人の間を縫って歩いていくなと関心する。小さくなっていく背中を見続けて、あの隣に立っていたのは俺だったかもしれないと思案する。契約者にならずに人間のまま生きていたら、きっと女の言う幸せも知ることができただろう。