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 助けて、と言いたかったのだろうが私の手によって塞がれた喉はただ言葉にならない音を発しただけだった。自らの手を以て人の命を終わらせることは効率的ではない。だがそうしなければならない。そうしなければ私がどうかなってしまう。私は契約者となった日から殺人者だ。対価と呼ぶにはあまりにも不釣り合いの、私と誰かとの契約。そんなことを目の前の事切れそうな人間の顔を見ながらいつも思う。私の手は血で染まることはない、ただ死臭が漂う。力を使ったのなら人を殺せと誰かが私の手をせき立てる。サヨナラ、アリガトウ、そう呟いて終わらせる。

「暗い顔だねー契約者でも笑顔は必要だぜ」

 そう私に語りかけた男は薄っぺらい笑顔を貼り付けていた。笑顔、そんなものが何の得になるというのか。

「相手を騙すには必要じゃん」

 騙すも何も、その前に事は終わっているんだから。私に必要なのはいかに効率的に対価を払えるか、ただそれだけだ。

「じゃあさ、対象に近付くにはどうすんの?」

 さあ、どうしているんだろうか。とりあえず近付き、そのまま行動に移る。

「えー警戒されるんじゃない?」

 ああ確かに、勘が良い相手には少しばかり手間取る。だから力を使うんだ。

「で、対価を払うと」

 どちらにしても相手を殺すことに変わりはないが、できれば力は使わずに終わらせたいな。力を使えば自らの手を以て殺さなければならなくなるから。

「ふーん、そんなときに笑顔で相手の警戒を解くことだって出来るんだぜ?」

 まさか、そんな簡単なことで警戒が解けるわけがない。

「大丈夫だって、お前それなりの顔してるから。まあ俺は好みじゃないけど」

 うん、あんたは成人してる人間には興味がないものね。気持ち悪い。近付くな。

「ちょっと、話逸れてない!?」

 うるさい。とにかく私には笑顔なんて必要だと思わない。流しで手を念入りに洗いながら消えろと唱える。消えろ消えろ、気持ち悪い感覚。柔らかく硬い感覚。いつまでも私の手に纏わりつくな。タワシを持つ手に力を入れる。消えろ。

「はいストップー」

 タワシを奪い取られて赤くなった手のひらが露わになる。皮は剥け、滲んだ赤がポタリとシンクに落ちて広がった。

「お前も充分気持ち悪いよ」

 耳元で囁かれた言葉に私は自然と口元が緩んだ。



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