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「何だ、今日は仮装パーティーでもあるのか?」

 部屋に入ってきたティカがそう発言せざるを得ないのは、オズ、ギルバート、アリスの三人がラトウィッジ校の制服を身に纏っているからだ。オズやアリスはまだしも、ギルバートはもう24歳だ。さすがに制服は無いだろう。

「おっティカちゃん。みんな似合ってるだろー」
「オスカー君」
「う…」

 神妙な顔でティカはオスカーを見やる。今までテンションが上がりきりへらへらした顔をしていたオスカーもティカの視線でひやりとした。周りにいたオズ、ギルバート、ブレイクもオスカーの浮かれた行動が諫められるのだろうと息を飲む。

「勿論、私の分もあるのだろうな」
「「「「え」」」」
「だから、私の制服も用意しているだろう?」

 何を言い出すのだこの人は、と場の空気が困惑に包まれる。すかさずオスカーにんまり顔で新しい女子用の制服を取り出してティカに渡した。一体何着用意してきたんだよ、とギルバートは思う。

「よし」
「もしかして…ティカ様も着られるんですカ?」
「当たり前だろ。私だけ除け者など許さん」
「レイムさんがいたなら、いい加減年齢を考えろ、とでも言ってそうですネ☆」
「何を言う。まだ私は21だぞ」

 誇らしげに言うティカだが周りはどのような反応をすれば良いのか分からず気まずい雰囲気になる。24歳のギルバートが制服を着ているなら21歳のティカはまだ許されるか、いやいやチェインとの契約で成長が止まっているだけであって実年齢は話を聞いているかぎりこの場では年長者じゃないのか、それはいくら見た目は若くとも自ら制服を身に着けるなんてよく言えたな。と誰もが思う。そんな空気もお構いなしにティカは制服を持って部屋を出ると手早く着替えて戻ってきた。いつもは一つに結わえている髪も二つに結い、それなりに似合っているからまた何も言えない。

「さあ、行くぞ!」

 オスカーが嫌がるギルバートの手を引き、ギルバートがオズの手を離すまいと握り、ティカとブレイクは上機嫌でその後ろを歩き、屋敷の前に用意してあった馬車へと乗り込んだ。ブレイクは一緒に行かないようで馬車には乗らず手を振りながら見送りをした。未だに文句を言うギルバートにオスカーはやっと説明する気になったらしく胸元を探っている。

「先日…この手紙がラトウィッジ校より届けられた!」

 オスカーが取り出した一つの封筒。と同時に馬車が動き出した。

「ラトウィッジ校?」
「この国でトップ3に入るくらい頭のいい学校だよ」
「貴族の者ばかりがいる学校だ」
「13歳から18歳までの貴族の子供で成り立っててね、オレはずっと家庭教師だったから行けなかったけど…国のお偉いさんを沢山輩出してる所なんだ」
「そう、そして今そこに我らがエイダが通っている!!」

 オスカーが口にした名にオズが少なからず反応する。オスカーが言うに、愛しい愛しいエイダからの手紙に書かれた“好きな人ができました”という文面の真偽を確かめるべくラトウィッジ校に潜入するようだ。此処まで来ておいてだがティカは心底どうでもいいと思ってしまった。

「って!!忍びこむんですか!?普通に手続きして面会しましょうよ!」
「我々にそんな時間はないっ!というかそれはロマンがない!!さあ…いざゆかん!!この…ベザリウス家が秘密裏に造り上げた隠し通路から!!!」
「なにやってるんですか公爵家は!!」

 オスカーとギルバートの漫才を見ながら先へと進む。ティカは興味深げに隠し通路のボタンを見たり、その先にある階段を降りながら壁に触れたりして歩く。オズはどこか乗り気ではないようでいつもの明るさが見られない。

「…こんな裏からラトウィッジに入るのは初めてだな」
「あ、ティカさんも此処に通ってたんですか?」

 ティカの独り言にオズは反応を返す。

「いや、私は学校には行っていない。此処にも生徒ではなくただの訪問者として来たことがあるだけだ」
「へー、じゃあオレと一緒で家庭教師ですか」
「それも違う。10歳までは母から勉学は教わっていたんだ。その後は独学だ。本を読む時間は充分すぎるほどあったからな」
「独学、スゴいですね!」

 ティカと会話しつつもやはりどこか気が別の所に置き去りにされているようなオズに、ティカは気付いていないフリをした。恐らくエイダ、妹のことを考えているのだろう。アヴィスから帰還して初めて会う妹、10年振りだがオズは何も変わっていない。だから会うのを躊躇っているのだろうとティカは推測する。長い階段を降り、更に途中で梯子を登った先の天井を押し上げるとラトウィッジ校へと侵入した。

「かぁっこいー。これが学校かー」
「よくわからんが腹をくくれ鴉!」
「うるさいバカウサギ…、!!」

 ギルバートの目には此方に向かって歩いてくる学生の姿が見えた。

「オスカー様!学生がやって来ます!」
「慌てるなギルバート!なぁに自信を持っていれば別に怪しまれはしないさ」
「そ…そうですね!」

 と、振り返ったそこには学生服に身を包んだむっちむちのオスカーの姿があった。

「やあ皆さん、ご機嫌よぅ☆今日もいいお天気ですね!」

 精一杯のオスカーの裏声だが単に気持ち悪さが増しただけだった。女生徒たちに悲鳴を上げられて一目散にティカたちはその場から逃げ出す。周りが騒がしくなり、当然だが不審者という言葉が飛び交っている。とにかく今は捕まるわけには行かないので五人は全速力で逃げ回るのだった。


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