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「ザークシーズ=ブレーイク!!!」

 バンッと扉を蹴破ったのは普段の素行からは予想もつかないがレイムである。それを笑顔で迎えるのはブレイク。

「オヤ、レイムさん」
「ようやく見つけたぞ貴様〜…!オズ様のことを私に任せたままどこかに消えやがって!!あの後何があった!!シャロン様は―」
「あーうるさいうるさいー」

 レイムは怒りを露わにしながらブレイクの襟を引っ付かんでガクガクと揺らしながら尋問をしている。それにもブレイクは動じず面倒くさそうな顔をするだけだ。

「それよりレイムさん。オズ君が死んでますヨ。」

 ブレイクが指さすのはレイムが蹴破った扉の餌食になって頭から血を吹き出すオズの姿。レイムは一瞬にして頭に登りきっていた血がさささーっと引いていくのが分かった。そして開け放たれた扉をコンコンと無意味にノックをする人物に視線が移動する。

「お邪魔するよ。レイム君が無駄に先走っていくから私まで急ぐ羽目になってしまったじゃないか」
「これはティカ様、部下のためにご足労を」
「レイム君は普段はクールぶって人に頼られるような性格を演じてはいるがいざという時は頭が回らず使い物にならないということは前々から知ってはいるからな。しょうがない」
「……………」

 何も言えないレイムは自身の眼鏡をきゅきゅと拭くしかなかった。扉の裏側を覗き込み、そこに未だ倒れているオズをティカは見る。

「さてレイム君、そんな君の頭でもオズ君をこのままにしていいのかどうかの判断はつくだろう」
「ヒィッ!!」

 ティカの精神攻撃によって忘れかけ、というか完全に忘れられていたオズをレイムは抱えて自分のスカーフでオズの赤くなった額を押さえる。幸か不幸か出血ほど傷は深くなく一時的な出血だけのようだ。レイムはその場に膝を折り、額を床につけて謝罪する。

「…本当にっ…申し訳ありませんでしたオズ様…!!」
「いや、もういいって」
「そうですヨー。あと5〜6回ぶつけてあげればかわいげも出るってもんデス」
「あははーうるさいよブレイク」

 レイムの醜態にティカは一人含み笑いをする。これをあの男が見たら何と称するだろうかと思うとまた笑いが込み上げる。ブレイクがレイムを立ち上がらせ、ぴとりとレイムに腕を絡めた。

「この人はレイムさん。パンドラの構成員であり私の大っ切な友達デス」
「友達…?」
「ええかれこれ10年以上の付き合いになりますネェ〜」
「へ〜、ブレイク…友達いるんだぁ…!」

 オズが輝かんばかりの笑顔をブレイクに向ける。自己中心的であり変わり者のブレイクに友達と呼べる存在がいたことを素直にではないだろうが馬鹿にした思いも含んだ笑顔だろう。

「そうしてこちらの方は知ってますネ」
「あ、この前シャロンちゃんの家で会った…ティカさん!」
「覚えていてくれたみたいで光栄だ」
「ちなみにこう見えて私たちよりもずっと上の人なのですヨ」
「へー、若くてキレイなのに」

 ぴたりと今まで喋っていたブレイクすら口を噤んだ。レイムにいたっては視線が泳いでいる。唯一、笑顔なのはティカだけで、オズは小首を傾げる。女性だから年齢の話は御法度なのかとも思うが、そう煩く言うほど年齢を重ねていないように見えるため益々不思議だ。二十歳前後に見える容姿だが、果たして実年齢はいくらなのだろう。オズは頭をフル回転して次の当たり障りのない言葉を選ぶ。

「ティカさんも、ブレイクとレイムさんと付き合いは長いんですか?」

 一瞬にしてその質問も失敗だとオズは感じた。ブレイクはもう我関せずと言ったようにエミリーと会話をし始めている。レイムに助けを求めようにも眼鏡を必死で磨いている。張り詰めた緊張を解いたのはティカ自身であった。

「レイム君のことは、赤子の頃から知っているよ。ザク君は、十年ほどか?」
「そうデスネー」
「じゃあレイムさんとは幼馴染なんですか」
「オズ様ぁあ…」
「オズ君、無知とは時に罪でもあるんですヨ。一つ、アドバイスを差し上げましょう。私のようにチェインと契約した者は、時間の流れが止まります」

 何の話をしているのかとオズは思ったが数秒の後、その意図することを理解した。そしてティカを見て、どんな言葉を言えばいいか分からずとりあえず頭を下げた。

「ごめんなさいぃ!!」
「謝ることなどない。オズ君の目には私が若く見えたのだろう?それなら、それが私の年齢だ。そんなに縮こまらずに年が近い者として接してくれればいい」
「そう扱ってほしいんですヨー」
「黙れザク君」
「分かりました。改めて、よろしくお願いします、ティカさん」

 ん、と満足げにティカは笑い、オズが差し伸べた手を握った。ブレイクは面白くなさそうに唇を尖らせてくるりと踵を返した。

「さてと、オズ君にも説明するところでしたが、お嬢様の様子を見に行きがてら、お話ししましょう?あの夜のことを」

 レイムとティカがブレイクの元を訪れた理由、それはシャロンが一時行方不明になっていたことを問いただすためだ。シャロンの部屋へ向かうべく先を歩く三人の背中を見つつ、ティカは何か違うことを考えているようだった。


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