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 煌びやかで絢爛豪華な装飾が施された屋敷に国中の高貴な身分が一堂に会するこの日、オズの社交界デビューが執り行われる。四大公爵家の社交界デビューともなればこの機会に取り入っておこうとする貴族たちも最優先に参加している。また、出逢いを求めて参加する子女も少なくはないだろう。装飾と女性たちの着飾ったドレスと熱気に目を瞬かせながらティカもその場に足を振り入れた。

「パンドラの陰鬱な空気に慣れていると社交場は眩しいな…」
「年寄り臭いですよティカ様」
「煩いぞレイム君」

 レイムといつもの如く会話をしていると、周りから密やかに名前を呼ばれているのに気付く。まだ年若い少女の名残のある女性たちがティカを見つめては黄色い声を上げていた。にこりと微笑を作ればまた黄色い声が一段と上がる。

「相変わらずの女性人気ですね」
「羨ましいか?ん?」
「全く」
「嘘を吐くな、そんなことだからザク君と噂されるんだ」
「なっ…何ですかそれはっ?!どういうことなんです!」

 悪戯っぽく笑みを見せたティカはそれ以上は何も言わずにそそくさと歩いていく。行き交う人々と挨拶を交わしながらティカはこのホールの出入り口、ユラ側の警護者の配置、参加する人々の把握に勤しむ。封印の石についての情報は勿論だが、ティカはそれだけではなくルーファスの個人的な情報収集のためにも動かなければならない。少し離れた場所で再び黄色い声が上がる。傍にいた女性たちがナイトレイ、という単語を口にしていたのを耳にして恐らくギルバート、ヴィンセント兄弟だろうと憶測する。一通りの広間の把握を終えた所で、ティカは本日の主役であるオズに挨拶へと向かう。この大人数の中だが比較的早くオズの居所は掴むことができた。何せ、自分と似た髪色をした男がちらちらと動いているからだ。

「やあ、オズ君」
「ティカさん!」
「社交界デビューおめでとう」
「レイムさんと一緒にいなかったからどうしたのかと思ってた」
「すまない。少し挨拶に手間取ってな」

 いつもは跳ね上がったオズの髪型がぺたりと押さえつけられているが、会話をしているとぴょんとまた跳ね上がる。それが気になり、ティカはくすくすと笑いながらオズの頭を撫でる。

「ティカさん、今日は何だか雰囲気が違うね」
「そうか?普段着ない服装だからだろ」
「かなぁ?…あっ、ギプス取れたんだ!」

 ふと目に留まったティカの右腕にオズは少し嬉しそうに笑った。まだ首から吊ってはいるが先日までの右腕を覆っていたギプスは無くなり、簡単な固定になっている。

「ああ、やっとだ。これもいらないと言ったんだが聞き分けのない医者でな、しょうがなくだ」
「ははは、レイムさんも黙ってなさそうだしね」
「そうなんだ。…そういえば、レイム君はもう行ったのか?」
「うん、さっきブレイクと一緒に」

 ふむ、と頷いてティカは少し離れた場にいるユラに視線を向ける。封印の石の在処が簡単に見つかるとは思わないが、ひとまずユラの足止めをするのがオズたちの役目だ。はっとティカは何か気付いたようにオズを振り返る。

「すまない、大事なことを忘れていた」
「?」
「おめでとう、オズ殿」

 ティカは腰に付けていた白い羽根をオズに手渡す。嬉しそうに受け取り、いそいそとオズはその羽根を腰に付けた。もう多くの人間から受け取ったようでオズの腰には羽根が笠羽っている。これが社交界の参加を認めるという証になる。

「形はどうあれ、オズ君の社交界参加も認められるわけだ。初めてなのだから、社交界を楽しむのが上策だと私は思うぞ」
「…うん、分かった」
「よし、じゃあ私はまた挨拶に回るとするよ」
「挨拶?」
「習慣でな、こういう場では挨拶がてら情報収集するんだ。気分が高揚すると人間、口が軽くなるからな」

 なるほど、とオズは頷いて社交界などあまりティカが好まないだろうに何故参加したのかを理解した。オズと別れたティカがホール内を挨拶という名の情報収集をしていると、軽快な音楽流れ始める。それを合図とばかりに様々な男女がホールの中央でダンスをする。その中にオズとアリスの姿が見え、ティカは微笑みホールから抜け出した。ぱたんと後ろ手で扉を閉め、遠くに聞こえる音楽を背中に人気の少ない方へと歩み出す。

「さて、と」

 ひらひらと靡くドレスの裾を鬱陶しげに見つめながら更に屋敷の深部へと向かって歩いていく。


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