lilac | ナノ
 封印を守る術者リータスの元から帰ってきたオズたちは、皆が沈んだ顔をしていた。当然だろう、先程まで会話をしていた人間が数時間も経たない内に首を切られ、息絶えていたのだから。封印も破壊され、何のために術者に会いにいったのか分からなくなる。帰ってきてからオズは部屋に籠もるようになり、あまり姿を見せなくなった。同行しなかったティカはギルバートから一連の報告を受け、シャロンやアリスを労った。三日が経ち、やはりまだオズは憔悴した顔をしている。それはギルバートやアリスまで伝染し、オズを心配する余りに落ち着きがない。

「やれやれ、暗い顔が揃いも揃って見ている此方まで暗くなりそうだな」
「申し訳ありません…ティカ様、今日はどのようなご用件ですか?バルマ公から何か…」

 シャロンが出してくれた紅茶を飲むが何だか苦くてティカは眉を顰める。

「いや、今日は君たちの様子を見にきただけだ。オズ君は相変わらずのようだが、さすがに君たちはほぼ普段通りに戻っているな」
「はい、いつまでもそればかりに拘ってはいられませんから」
「ティカ、オズの奴はどうしたら元に戻るんだ?ずっとあの調子だぞ」
「それは私にもどうしようもないことだよ。オズ君次第だからな」

 テーブルに顎を置いて難しそうな顔をしながら唸るアリスの頭を撫でてやり、にこりと笑う。窓からの斜光は見ている分には暖かなのに、それが部屋の中まで届いていないようだ。苦く感じる紅茶に砂糖とミルクを加えてスプーンでかき混ぜる。

「ああそうだ、私がルーファスに情報を流していることをまだ誰にも言っていないみたいだな」
「あ、それは…皆さんでお話して、それでもティカ様は私達を守ってくださっていて、レイムさんからも口外しないようお願いされましたし、黙っておこうと言う話になりました」
「ザク君まで同意したのか?」
「はい、ブレイクは…これ以上の詮索もしないと言っていましたわ」

 妙にあっさりとした対応のブレイクにティカは不信感を覚える。ブレイクならば、警戒しろだとか信用ならないだとか言ってシャロンを近付けなさそうだが、詮索までしないと言われてしまっている。寿命が近いことを悟って寛大な心を持てるようになったのか?とティカは少々失礼なことさえ思う。しかし何にせよ、自分の過去も今の目的もこれ以上広まることがないようで安心する。

「ところでティカ様」
「ん?」
「ティカ様の初恋のお相手はあのバルマ公、というのは本当のことですか!?」
「ぶっ…誰だそんなことを言ったのは」
「おばあ様ですわ!」

 先程まで俯きがちで眉尻の下がっていた者と同じ人間とは思えない爛々とした目の輝きっぷりにティカは苦笑いを浮かべる。

「あー……初恋、などという良いものではない。何というか…信頼、が適切だな」
「信頼…ですか?」
「パルマに来た当時は右も左も分からない私だったが、ルーファスだけが私の手を取ってくれたんだ。だから、ルーファスに…その、付き纏っていたこともあった。幼い頃は」

 珍しく口ごもるティカにシャロンは益々興味を抱いて星を飛ばしながら真剣にティカを見つめている。その視線と向き合いたくないのでティカは横を向き、紅茶を啜る。

「まあまあまあ!ティカ様ったらなんてお可愛らしい!」
「シャロンちゃん…本当に、落ち着いてくれ……」
「ティカ様の初恋のお相手がバルマ公、というのが少々腑に落ちませんが、でもこんな恥じらうティカ様を見られただけで私は満足ですわ!」
「初恋じゃないと言うに……」

 一人で盛り上がるシャロンとは対照的にアリスは興味なさげにばくばくとお菓子を食べている。とにかく暴走するシャロンに何を言っても仕方がないとティカは諦め、静かにシャロンの熱が冷めるのを待つことにした。何故こんなことになってしまったのだとティカは頭が痛くなり、余計なことを喋ったシェリルを恨んだ。

「でも実らない恋、でしたのね」
「ん?」
「だってバルマ公はおばあ様にゾッコンですもの。それを見て胸を痛めるティカ様はなんてお可愛そう……」
「待て、落ち着け、シャロンちゃん深呼吸をしろ」
「ねえ!アリスさん!」
「あ?何の話かさっぱり分からん」

 そりゃそうだろう、とティカはもう苦笑いを浮かべるのさえしなくなる。初恋だの実らぬ恋だの、ティカの話に尾鰭が付きすぎている。ふと、これがパンドラ中に広がったら、と考えてサァとティカの顔から血の気が引いた。たかだか普通の人間が言いふらしているのならばそこまで広まりはしないだろうが、その発信者が公爵家の人間で、さらにルーファスと旧知の仲であるシェリルの孫娘ともなればそれは絶大なる信憑性を帯びてしまう。たとえそれが真実でなくても真実のようにしてしまう。ティカはシャロンの肩を勢いよく掴みずいっと顔を近付けた。

「シャロンちゃん…頼むから、口外、しないで、くれよ」
「はい、勿論承知していますわ!」

 本当に分かっているのか、シャロンの愛らしい顔がまだキラキラと輝いている。

「この話がパンドラ中に広まり、もし、万が一にルーファスの耳に入ると私はルーファスの傍にいられなくなる」
「っ!分かりましたわ!絶対に、この話は誰にも言いません。私たちだけの秘密です!」

 シャロンにがしっと手を握られて真剣な眼差しを向けられるティカは、また勘違いをしているのだろうと感づきながらもとりあえずほっと胸をなで下ろした。何の話か未だに理解していないアリスについては此処で話したことは言わないでくれとだけ約束して、ティカは疲れた顔で部屋を立ち去る。まるで生気を吸い取られたような気分に陥り、ふらつきながら私室へと戻ったのである。


- ナノ -