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「ギルバート!」

 まず最初に存在に気付いたのはエリオットだった。そしてすぐに歩いているティカ、ギルバートとギルバートにおぶられているブレイクに皆の視線が注目する。

「…屈辱ですネェ…まさかギルバート君におぶられる日がこようとは…」
「本気でヘコむな。オレの方が悲しくなる」

 心底嫌そうなブレイクだがだからと言ってティカがおぶるわけにもいかないのでしょうがない。エリオットとリーオが心配そうに近付いてくる。

「どうした、バスカヴィルにやられたのか!?」
「いえーただの糖尿病ですヨー」
「嘘をつくな。力を使った負荷をずっと我慢していたんだ。それで急にぶっ倒れて…」

 申し訳なさそうにギルバートはしゅんとしている。謝ろうとしたのを遮って無理矢理ブレイクは肩にいつも居座る人形のエミリーでギルバートの顔を背けさせた。背けた視線の先にいたのはオズだ。

「オ、オズ…、!?なんっだこの血は!!?こんなに沢山…っどこかケガしてるのか!!?というかちゃんとフードを被れ!カゼでもひいたらどうするんだ!!」
「…って、おせぇよ!!!」
「ぶっ!?」

 まくし立てるギルバートの顎をオズは蹴り上げた。更に殴り蹴りを繰り返すオズにエリオットが、情けない兄の姿に対してかそれを好き勝手にするオズに対してかは分からないが腹を立てている。そしてリーオがちゃんと空気を読んでエリオットを制止してくれている。

「おまえのことだからさ、父さんに銃でも向けてんじゃないかと心配したんだ」
「…………………オズ……っ」
「―ギル、オレは大丈夫だから」

 ギルバートの脳裏には昔のオズが過ぎる。全てを受け止めて辛いことも苦しいことも何もないかのように振る舞うオズの姿。

「なぁんて、ほんとはさ…少しだけ…辛い。…かも…しれない…」

 段々と小さくなる声にオズの心境が窺える。ギルバートは驚いたような泣きそうな顔でオズを見据えた。

「…なんだ、その変な顔」
「いや…だって、おまえがそんな風に言ったこと今まで…っ、いや、そうだよな!辛いよな、よかった…いや、よくないんだが!」
「へーきだよ。ギルとアリスが来てくれたから、へーき」

 オズは笑ってギルバートを立ち上がらせる。すぐにオズはギルバートから離れたから、その後にギルバートがどんな表情をしていたかまでは知らない。知っているのはティカだけだ。

「…ようやく、パンドラの奴らが追いついてきたか」
「ん、そうみたいだな」

 話し声が聞こえ、パンドラの制服を着た人間が数人遠くから此方に向かってくる姿が見えた。

「おい、ザークシーズ=ブレイク!おまえあのバスカヴィルの二人をどうし―…」

 背後でドサッと何かの音がした。振り返ると同時にエリオットがブレイクの名前を呼ぶ緊迫した声が聞こえる。そしてその場に倒れているブレイクに、ティカははっとする。

「ザク君!」
「どうしたんだ!?」
「体を酷使しすぎだ。ギル君、来てくれ」
「あ…はいっ」
「一時的なものだと思うが、早く連れて帰るのが賢明だろう。君たちも手を貸してくれ」

 今到着したばかりのパンドラ構成員たちを呼んでティカはブレイクを運ばせる。他にもオズやエリオットたちの護衛についてなどてきぱきと的確な指示を出し、さすが公爵家の一族であり年長者である。

「一度戻るぞ、異議は無いな」
「オレたちはっ」
「オズ君、これ以上此処に留まることは私が許さない。今は一度帰るべきだ」

 冷やかな瞳がオズを見据える。それでも食い下がろうとオズが口を開いたとき、地面が大きく揺れ始めた。

「なんだ!?」

 すぐに地震は治まったが、周りのパンドラの構成員たちは目に見えて慌てている。

「皆様、ここは危険です!すぐレベイユにお戻りください!」
「…!父さんっ」
「オズ様!」

 急に奥へと向かおうとしたオズをパンドラの一人が止める。

「ちょっと離してよ!奥にはまだ父さんがいるんだ…!」
「いけません!後のことは我々にお任せいただき、オズ様はすぐにもここをお離れください!」
「でも…!」

 引き下がらないオズにティカが止めに入る。少し怯むオズだが、やはりそれでも奥へ進もうとする。そこにパシン、と小気味良い音が響いて皆の口が閉じた。ティカがオズの頬をひっぱたいたのだ。

「いい加減にしろ。君は分かっているのか?オズ君一人の問題じゃないんだ」
「な…っ、でも、父さんがいるんだ!」
「そのために周りの人間がどうなってもいいのか?」
「え…」
「オズ君が仮に奥へ行ったとして、それをギル君やアリスちゃんが放っておくか?この場に倒れているザク君はどうするんだ?軽率な行動は君の周りにいる人間に害を及ぼすと覚えておくんだな」

 オズは唇を噛み締める。何も反論することはできない。ティカに言われた通りだ。エリオットとリーオも戻ると言い、さらにオズは奥に行くことを憚られる。

「エリオット…!」
「……役人共に護られなければおうちに帰ることもできないとは、英雄のご子孫殿はずい分甘ったれでいらっしゃるようだ」

 エリオットの売り言葉にオズはしっかり買い言葉で返す。お互いにギャーギャーと騒いでいるのを横目にティカはオズから離れて現状報告のためにパンドラ構成員たちと話をする。先程の地震から言って、此処に長く留まることはあまり良い選択だとは言えない。後処理や事後報告などを任せることを告げた。

「続きはまた今度だ!オズ!」
「…うん、また今度…きっとだぞ!エリオット!」

 此方も片が付いたようで、オズは嬉しそうに笑っている。

「さっ、戻るぞ」
「あ…ティカさん、その…ごめんなさい」
「ん?ああ構わない。少し苛ついていたので丁度良い発散場所になったからな」

 オズは少しまだジンジンと熱を持つ右頬に手を当てて締まりのない顔で笑った。


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