lilac | ナノ
「本当にナイトレイの坊っちゃん達はこっちに行ったんですか?」
「何だ、疑うのか?やれやれ、失礼な奴だ」
先程から文句ばかり言うブレイクとティカは薄暗い道をひたすら歩いている。目当てはオズ達だが、エリオットとリーオがこの場にいたのも恐らくはオズ達を探しにきたのだろう。エリオット達にもこれ以上を踏み込ませるわけにはいかないため、ついでに回収して帰ろうという話だ。
「ん?ほら見ろ、あれはギル君じゃないか?」
しかし歩いていく前方に見つけたのはギルバートだ。それも結果オーライということでティカはまだ小さいギルバートに声を掛けようと手を挙げた。
「ティカ様、ちょっと待ってください」
しかし声を出す前にブレイクがティカの口を押さえて黙らせた。突然のことでむがむが言っているティカだが、すぐにその意味を理解した。先にいるのはギルバートだが、もう一人いる。黒に身を包んだ初老ぐらいの男、微かに見覚えがある。ギルバートはその男に銃を向けているようだった。そして男の背後に現れた巨大な鳥を模したチェイン。ギルバートがそれを視界に捉えた瞬間叫び、ブレイクは同時に二人に向かって駆け出した。ティカはブレイクが何をしようとしたかすぐに察し、舌打ちをして追いかける。
「待てっ」
ティカがチェインを発動させるより先にブレイクがチェインの能力で男のチェインの能力を消し去った。ブレイクとティカはそれに乗じてギルバートを引きずるようにしてその場から立ち去る。
「離せブレイク…っ」
「ほ〜ら、うるさくすると更に首締めますヨ?」
「ゴホッ……っの、あの男…オズをアヴィスへと堕とした張本人だぞ!殺してやる!今すぐに!!」
ティカは男の名前を思い出す。ザイ=ベザリウス、オズの父親だ。行方を眩ましていると聞いていたが、どうしてこんな所にいるのかティカには理解ができない。それよりもギルバートはザイを殺そうとした。オズの為に。ブレイクは今までギルバートの首にかけていた杖を離して静かに口を開いた。
「…どうして、今になって殺そうとしたんだい…?」
「………!?」
「君の性格ならば、誰も信じずとも一人でザイを殺すくらいしたのではないカイ?」
「…そうだ、殺そうとした。…だが、できなかった」
「…それは、なぜ」
「ここは、オズが帰ってくる世界だから。たとえどんな男であろうともオズはきっとあいつの死を望まない」
オズの為に、オズが傷つかないように、ギルバートは自分の気持ちを押し込めて生きてきた。
「そう思うのなら、余計に何故今、彼を殺そうとしたんだ」
「そうです。君がザイを殺せばそのことでオズ君は傷つき―…」
「違う。…違う、違う!」
ギルバートは譫言のように否定を繰り返す。
「殺さなければ…!」
「それは君の意志ではないだろう。誰にそう仕込まれたんです」
「オレは、主人の敵を…殺さなければ!!」
「ならば私も殺せばいい。私はオズ=ベザリウスを利用する者、君の主人を害する者ですよ。さあ…私のことも殺してみせますか!?」
ギルバートはブレイクに銃口を、ブレイクはギルバートに仕込み杖の刃をギルバートに向ける。ギルバートは錯乱状態に近い。
「一つだけ問おう。君にとって必要なのは、本当にオズ=ベザリウスなのか?」
迷うギルバートにブレイクは賺さず杖をギルバートの腹に打ち込む。崩れるギルバートをティカは支えにいき、ゆっくりと地面に寝かせる。
「私に銃口を向けてこの程度で済むのだから有り難く思いなさいネ」
水滴が地面を弾いた。
「いい加減、甘ったれは卒業したらどうだい。…でないと君は本当に大切なものをその手で傷つけてしまうことになるよ」
雨が強くなる。雨がのし掛かるように服に染み込み体を冷やしていく。
「ギル君、立てるか?」
「…ティカさん」
ギルバートに手を伸ばし、立つように促す。戸惑いながらギルバートはその手を取り、少しふらつきながらも立ち上がった。
「そうやって甘やかすから甘ったれるんですヨ」
「子どもを助けるのは大人の役目だ。こんなこと甘やかす内に入らん」
「あの…ティカさん、どうして此処に…」
ブレイクの方をちらちらと見ながらギルバートはティカに問う。一番に聞きたいことはそんなことじゃないだろうが、ティカは気にせず答える。
「前にも言っただろう。私はルーファスのために君達の情報を集めている。その一貫だ」
「本当に―…」
「君達を騙し、あたかも気の良い人間を演じていたんだ。しょうがないだろう、それが私だ。…あぁ、私もオズ君に害を成す人間だから君に殺されるのか?」
からかうように笑ってティカは首を傾げた。バツが悪そうにギルバートは俯いて、ぎゅと拳を握った。
「私はザク君のように甘くないぞ。銃口を向けるならその瞬間、ギル君の頸動脈をかっ斬る。そのつもりでいろ」
「怖いですネー」
「ザク君こそ甘いんだよ」
結局のところブレイクはギルバートが前へ進めるようにと背中を押している。それがブレイクの優しさだ。パンッとティカは手を叩いて仕切り直す。
「さっ、ギル君、オズ君たちの所へと案内してくれ」
「あ…はい」
「行くぞ、ザクく」
咳き込んだブレイクが血を一緒に吐きだしたのはそのときだった。