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 寂れ廃れた街並み、堕落した人々、これが100年前は首都であった街だ。陰気な雰囲気にティカはただ眉を顰める。

「相変わらず、来ても楽しくない街だな」
「そりゃあ、ネ。それでもこの街にいる人達は自ら選んでこの街にいるんでしょう」
「法も、此処までは届かないからか」

 呼び止めてくる人間もいるが二人は構わず先へと進む。恐らくオズが望む物はずっと奥にあり、そして聡明なオズならばそれをすでに知り得ていると予測してだ。奥へ進むほどに人気が少なくなることに気付きながらも何も言わず歩き続ける。暫しの沈黙を破ったのは、ブレイクだった。

「ティカ様と一緒じゃあ、会話が続きませんネ」
「奇遇だな。私も同じことを思っていた」
「じゃあ質問タイムにしましょう。ティカ様はどうしてサブリエに?」
「突拍子が無さすぎるだろ」
「ほらほらー答えてくださいよー。ティカ様のことだから、サブリエには行ったことあるんでしょ?」

 手がすっぽりと隠れている袖を振りながらブレイクは楽しげに喋っている。聞き流すことも出来たが、答えなければまたブレイクの鬱陶しい言葉攻撃が始まりそうでもあったため、素直にティカは口を開いた。

「サブリエには確かに行ったことはある、があの時は一人だったからな。今、サブリエにはアヴィスに近い人間が集まっている。それがどのような作用を齎すのか、直接この目で見なければ損だろう?」
「やっぱりアホ公爵の一族ですネ」
「またそれを言うか」

 呆れ顔でティカはブレイクに冷たい視線を向ける。あまりにも同じことを言われすぎてティカはもう否定しようだとか思わなくなってきた。だがしかし、やはりルーファスと同一視されるのはティカにとってあまり嬉しくないのも事実だ。

「アヴィスから帰還したオズ君、アヴィスの意志と双生児であるアリスちゃん、100年前からの訪問者のギル君、そしてアヴィスの意志と接触したザク君。素晴らしいほどに役者が揃っている」
「皮肉にも、ですネ」
「そういえば、ザク君はどうして此処に来たんだ?」

 ブレイクは首を傾げてティカの質問を受け取った。

「どうして…って、オズ君達を連れ戻しに…―」
「それも確かにあるだろうな」
「アー……」

 間延びした声を出してブレイクは懐から取り出した飴を口に含んだ。カラカラと歯に当たっている飴の音と埃っぽい荒廃した風の音だけが二人の間に流れる沈黙を掻き消す。

「実に厭らしい」
「対価、だろ。私も教えたんだ、ザク君からも同等の物を戴かないとな」
「しょうがないですネー…」

 目を細めて、ティカから視線を逸らしたブレイクは前方を暫し見つめる。口元に袖をあてがい、何か考えている。自分の中で喋ることを最低限にしようと整理しているのか、はたまた躊躇しているのか、ティカはブレイクが自ら口を開くまで待つ。

「その前にティカ様、一つよろしいですカ?」
「何だ。まだ何かあるのか?」
「これから私がすることに手出し口出し、それに口外をしないでいただきたい」
「ん?何か私にメリットはあるのか?」
「そうですネー…いずれ、お返しするという形では?」
「ザク君に貸しか、…悪くないな」

 にっとブレイクは笑って、交渉成立ですネ、と呟くと突然駆け出した。呆気に取られたティカはその場で硬直して遠くなっていくブレイクの背中を見つめる。そしてその先にある人影にも気付いた。暗くてはっきりとは見えないが見覚えのある人影たち。

「まさか」

 そこで漸くティカもブレイクに続いて駆けた。走っている途中に突然地鳴りが響いた。思わずつんのめったティカだがすぐに体勢を立て直してブレイクに再び目を向ける。

「あ゙あアアああああ゙あああ」

 悲痛な叫びが鼓膜を震動させる。何があったのかすぐに理解できなかったティカだが、宙に浮く赤マントとそれを貫く剣、そしてその背後に立っていたのはブレイクだ。剣を引き抜かれ、地面に崩れる赤マント、小柄なバスカヴィルの民を見て傍らにいたエリオットはリーオノ腕を掴んで走り出した。

「オヤ、状況判断が的確ですネ。自分がいたら足手まといになることをちゃんと理解している」
「…る…てやる、殺してやる―!」

 ブレイクの剣が地面を這うバスカヴィルの手の甲に突き刺さる。再び耐え難い叫びが響き渡る。

「さてと…飛び入り参加で恐縮ですが、貴方がたにはお聞きしたいことが山程あります。一応殺さない努力はしますので、たっぷり娯しませてくださいね…?」

 ブレイクの冷たい言葉が静寂に溶け込んでいく。


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