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 相変わらずのゆったりとした時間が流れる。シャロンとブレイクは和やかにティータイムを過ごし、ギルバートは眠たそうにソファで座っている、アリスはシャロンとブレイクの横でお菓子だけを口に含んでは肉食べたいとぼやく。ティカはギルバートと向かい合うソファに座り、本を読んでいる。オズがバルコニーで一人何か考え事に耽っていたかと思えば、暫くすると室内に戻ってきてシャロンとブレイクの座るテーブルに近付いてきた。

「ルーファス=バルマ公爵に会いたい?」

 オズの突然の要求にその場にいた殆どの者が唖然とした。バルマ家は四大公爵家の一つ、そして現当主が四大公爵家の中で最長命のルーファス=バルマである。

「うん。でもオレだけの名前じゃ拒否されるかもしれないし…ていうかそもそも返事すら来ないような気もするけど、シャロンちゃんの名前も借りたいんだ」
「はい、それは構いませんが…」

 何か躊躇するようなシャロンにオズはにこっと笑う。

「シャロンちゃんに迷惑かからないようにするから」
「ええ。書状をレイムさんに渡せば必ずバルマ公に届けてくださいます。レイムさんはバルマ家にお仕えなさっていますので」
「へーそうなんだ」

 レイムさんってとことん大変な仕事ばっかしてるね、とオズは少しレイムが可哀想に思えてきた。パンドラ内では中間管理職的立場であり、更には変人と称されるバルマ公爵の使用人である。ついでに周りにはティカやブレイクと言ったレイムを振り回す人間もいる。本当に可哀想な身の上だ。

「ああ、そうですわ。私よりも確実な方がいらっしゃるじゃありませんこと」
「え?そんな人いるの?」

 シャロンがふふと笑う。バルマ公爵に確実に面会の許可がもらえるような相手なんているものなのだろうかとオズは疑う。

「バルマ家のことならバルマ家の方にお頼みした方が良くありません?」
「まあ…バルマ家の人がいるなら」
「アレ?もしかしてオズ君知らないんデス?」
「何を?」

 何のことか訳が分からずオズは首を傾げる。シャロンとブレイクは一度顔を見合わせてから立っているオズのその先にいる人物を見た。

「お話していないんですか?ティカ様」
「…聞かれなかったしな」
「どういうこと?」
「私がバルマ家の人間だってことだ」
「………えーっ!!?」

 あまりの驚きにオズはその後の言葉がすぐには出てこなかった。本に栞を挟んでから閉じて、ティカはオズに歩み寄る。やはり首から吊られたままの右腕が使えないので少し不便そうだ。

「みんな知ってたの!?」
「当然デス」
「私も四大公爵家ですし」
「…一応」
「ギルまで?!」
「そうは言ってもほとんどバルマとは関わっていないんだよ。ルーファスに会いたいというのも、私が言ったところで聞き入れてくれるかどうか分からないぞ?何せ、変わり者だからな」

 ティカはすとんと座ってシャロンの淹れてくれた紅茶に口を付ける。オズは驚きのあまり開いた口が塞がらないようだ。

「私からも書状を出しておくよ。だがあまり期待はしないでくれ」
「うん…」
「バルマの人間であることがそんなに不思議か?」
「んー…不思議っていうか、ビックリしてるけど妙に納得もしてる」

 シャロンがティカのことを敬称で呼ぶことや、ブレイクが以前言っていたブレイクやレイムよりも上の立場であること、ベザリウス家現当主のオスカーに対しても皆と変わらぬ態度で接していることなど、言われてみれば納得のできる事柄だ。

「隠していたつもりはない、こともないか。あまり肩書きに左右されたくないんだ」

 自身の暗い赤の髪に触れてティカは小さく溜息を零した。チェアーの背もたれに体を預けて鈍色の瞳が宙を見つめる。その先には何もない天井だが、ティカには何か見えているのかもしれない。遠い昔の記憶が。すっと何事もなく目線が下がってきてずっと指を掛けたままだったカップを持ち上げる。

「先程も言ったが、期待はしないでくれ。親族だからと甘いわけではないからな、ルーファスは」
「うん、ありがとう」
「いや」

 音もたてず紅茶を啜り、少しだけ沈黙を齎す。その後は普段通りの他愛ない話が始まり、普段通り一日が終わる。だが確実に時は刻まれている。前へと前へと、急かされるように確実に。


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