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「あーびっくりしたぁ」
「へ?」
「まさか当たると思ってなかったから…」
「あーおまえ剣も銃もセンスねぇからな。―とりあえずこのまま出口を探すぞ。おまえに話を聞くのはそれからだ」
「関わらなくていいって言ったのに…なんだよ…バーカ」

 オズの呟きにエリオットはきっちりと反応する。また喧嘩にでもなりそうなところをリーオが喧嘩両成敗というように二人を殴り、とりあえず収まった。

「やれやれ」
「…おまえはいつもああなのか?」
「え?」
「ああやっていつも『自分なんてどうでもいい』って顔してんのかよ」
「…してないよ」
「してるだろ」
「してないったら!」
「してるって言ってんだろが!」

 結局始まったのかとティカは先頭を歩くリーオの横に行く。顔を見合わせて、ふうと溜息を零す。

「あんな連中に囲まれてもしれっとした顔しやがって、その上助けてやったオレらに対して『関わるな』だぁ!?」
「だって…本当に関係ない話だろ?オレが攫われようが殺されようが」

 エリオットがオズの襟元を掴み、壁へと押し付ける。

「そうやって…てめえはどれだけの人間を傷つけてきた…この死にたがり野郎が!!」
「…ふざけんな、人を自殺志願者みたいに…」
「その通りだろう!何が違う!そうやって自分を投げ出して、それで誰かを救えた気にでもなっているのか!?守りたいのは自分自身の心のくせに!!」

 やはり、オズに気付かせる役はエリオットなのかとティカは思う。この出会いは、必然的だったのだろう。

「おまえがそんな甘いことを抜かしてられるのはその『重み』を他人に押しつけているからだろうが!!おまえを大切に思う者…護ろうとする者―…その者達が代わりに背負っているんだ。自分の身すら護ろうとしないおまえを失わないために」
「もういい…離せ」
「話はまだ途中だ!!」

 手を解こうとしたオズだがエリオットはもう一度、壁に押し付ける。

「いいか…このままではお前は誰も護れない。自分の命を軽んじる奴に誰かの命を護る資格なんてねぇんだよ!!自分のことを諦めて悲劇の主人公をきどって、自分も他人も傷つけながらこれからも生きていくのか!!!」

 オズは堪らずエリオットの手を振り解いた。一瞬、空気が止まる。壁に凭れかかりながら立っていたティカも少し身を壁から離した。

「…………何も…知らないくせに…っ突然乱入してきて…好き放題言い散らかして…おまえにオレの何がわかる…!?ああどうせオレはバカだよ!クズだよ!!力もないくせに自己満足で人を助けたがるおかしな奴さ!!だけど…それの何がいけないんだよ!?」

 何も初めからオズは全てを諦めていたわけじゃない。何も望んでそうなったわけじゃない。傷つきたくない、それは誰しも当然の感情であり、オズはそれが人よりも少し敏感なだけだ。

「オレには…他人と同じものを与えられる資格があるとは思えない…だから…」

 暫しの後、顔を覆っていた手を退けたオズの顔には悲しそうな、でもどこか心の拠り所を見つけたような安心感の含まれた表情があった。それを見たエリオットは薄く笑って納得する。

「…よしっこれでひとまずは話はまとまったな!これで心置きなく先に進める」

 軽く走り出すエリオットにオズもついていく。その顔には今までにない表情がある。ティカはオズの肩を軽く前に押すように叩き、にこりと笑った。

「荒療治だが、効いたみたいだな」
「?…あっ、ティカさん!さっきは、その…ありがとうございます」
「ん?ああ、いや。私一人ではどうにもできなかったからな。彼らのお陰だよ」

 ラトウィッジ侵入後すぐにはぐれたためにその後どのような経緯でこうなったかを掻い摘んでオズに説明してもらう。エイダは無事だろうかと心配そうなオズに、ちゃんと医務室に運んでもらったことを告げるとオズは心底安心したように息を吐いた。

「……あいつには、オレがベザリウス家の人間だって…」
「言っていない。それは私の口から言うべきことじゃないだろう」
「はいっ」

 ふと、背後から何か獣の鳴き声が聞こえた。簡単には逃がしてはくれないと思っていたが、案外と早く再び戦闘になりそうだ。

「ねぇ…もしも、オレが二人を逃がすために奴らに捕まって、それを止めれば逆におまえらが死ぬことになるとしたら…おまえ、どうする?」
「ハッ…知るか!!」

 通路が終わり、そこそこに広い場所へと出た。しかしまだ出口ではない。

「んなもんその時に考える!だがどちらを選ぼうとオレは死なねぇし死なせねぇがな!!」
「エリー君に守ってもらうほど私は落ちぶれていないがな」
「何をぅ!?」

 剣を構えたエリオットがティカに向かって文句の一つでも言おうとしたようだが、それよりも今通ってきた通路から飛びかかってきた黒い大きな影を避けることを優先した。それは誰も仕留めていないと分かると素早く跳躍してまた通路の方へと戻る。そして現れた先程の女性の隣に立つ。

「ライオン…!?」
「………」
「チェイン…!」
「かわいいでしょう?リオンって呼んであげてねぇ。…さぁ坊や、ジャックはお話してくれる気になったかしら?」

 初めはオズに向けられた視線だがすっと移動してティカにと向く。目を細める女性にティカは笑いかける。

「…やっぱり、ティカね」
「やあ、ロッティちゃん」

 二人はお互いの名前を呼び合い、その後流れた沈黙に今まで共に行動していた三人はそれぞれに考えを巡らせた。


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