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 階段の終わりが見えた。今降っている薄暗い階段からでは先にある長方形の枠から漏れる明るさが如何にも仰々しく見える。話し声も聞こえてきている。どうやら目当ての人物に辿り着いたらしい。

「…あれ」

 ティカが階段を降った先に、何が入っているのかは分からないが柱に立てかけられて放置されたケースを見つけた。それを指差すとエリオットが反応を示した。恐らくエリオットが探していたオズに持って行かれた荷物なんだろう。

「それ、エリオットの荷物」
「しっ」

 喋りかけたリーオの言葉を止めたエリオットはゆっくりと慎重に階段を降りきる。その先に見えたのは、赤いマントを身に着けた人間が三人、その真ん中にいるのはオズだ。ティカは顎に手を当て何か考えているようなポーズを取った。エリオットとリーオが近付こうと動いたとき、カタンッとどちらかが物音をたてる。

「誰!」

 瞬間に赤マントの一人がナイフを此方に向けて投げた。ナイフはエリオットとリーオの間をすり抜け壁に刺さる。

「おまえら…!?」
「おいリーオ、おまえのせいでバレたぞ」
「違うよ。音をたてたのはエリオットの方だ」

 どちらが音をたてたかなど今となってはどちらでも良いだろうに、二人とも譲らない。

「迷子…なわけないわよね。なんの用かしら?ぼく達」
「はっ…決まってる!オレの荷物を返してもらいに来たんだ!!」

 壁に立てかけられていた荷物を手にして威張り、それをリーオに渡す。

「そして、この場に居合わせた者の責務としてこれより侵入者を捕縛する。おまえら全員校長室まで来てもらおうか」
「バッ…ばかっこいつらは普通じゃないんだ!早く逃げ」
「知っている。バスカヴィルの民だろう」

 赤マントの人間たちは驚いているようであった。バスカヴィルの名がそこまで知れ渡っているのかと。

「にわかには信じがたいが…バスカヴィルは100年前の大罪人だ!!それを討ちとることは貴族にとっての使命であり、最大の誇りと」
「ふざけんなこのバカ!!これはオレの問題なんだ!おまえ達にはなんの関係もないことで」
「黙れエドガーもどき。おまえの都合には一切興味がない」

 エリオットとオズはお互いにお互いの言葉を遮り自分の主張をする。エリオットはバスカヴィルの民を捕縛する、だがオズはそれよりも逃げろと、相反する主張にお互い喧嘩腰だ。

「オレはもう余計な人を巻きこみたくないんだ!だから…頼むから早く逃げてくれ」
「黙れと言ってるんだこの下郎がああ!!!!かつての仇敵を前に逃げ出せだと!?そのような臆病者の血はこの身に一滴たりとも流れてはいない!!リーオ!!」
「うん」

 名前を呼ばれただけでリーオは何をエリオットが要求したかを察する。ケースを開き、そこから布に包まれた長い物をエリオットにと渡す。その間もエリオットのエドガーに対する持論を怒りを含みながら熱弁している。

「傷つくことを恐れぬことの何が強さか!!そんなもの…何かを『背負う』覚悟すらない奴がほざく戯れ言だ!!!聞け…バスカヴィルの民よ。我が名はエリオット…四大公爵家ナイトレイ家が嫡子―エリオット=ナイトレイ!!!我が家紋が掲げし黒き刃にかけてこれより貴様らを、断罪する!!!」

 布に包まれていた剣を振り、エリオットは宣言した。ティカはバスカヴィルの民たちからは見えない位置に立ち、その様子を窺う。隠れているわけではないが、あまり姿を見せたくはない。

「アヴィスの使者である我々を『断罪する』…か。少年、退くなら今の内ですよ。我々に刃を向けるなど実に愚か、自ら死を招くに等しい行為だ!」

 バスカヴィルの一人が大剣を構える。それをエリオットは笑い飛ばし、剣を構えなおす。

「刃を向けた時から剣に命を託す覚悟はある。だが勘違いするなよ!オレは死ぬために剣を抜くのではない!」
「…………いいでしょう、参る!!」

 エリオットとバスカヴィルの戦闘が始まり、エリオットたちに視線が向けられているのを感じ取ったティカはこそっとリーオに近付いた。やはり劣勢のエリオットだが、そちらにばかり気を取られているわけにもいかない。

「リーオ君、今の内にあっちに行って彼を助けるのに協力してくれ。一瞬でも隙を作ってくれれば後は私が何とかする」
「分かりました」
「済まないな」

 気配を消し、オズとその前に立つ淡いピンク色した髪の女性の方へとティカとリーオは走った。とにかく今は、オズを含めた三人を此処から逃がすことが先決だとティカは考える。女性がオズの胸に足を乗せ、そのヒールでグッと踏みつけ始めた。

「何が…危害は加えない…だっ!」
「あら、約束したのはファングだもの。私は関係ないでしょう?」

 楽しそうに笑う女性に呆気を取られたのは何もエリオットだけではなかった。彼女の仲間さえも複雑そうな顔をしている。

「…っの下郎共が!!」

 エリオットが二人に向かって走り出した。エリオットと戦闘していた男はエリオットを追い、もう一人は別のことに気がついた。

「ロッティ上だ!!」

 ドンッとリーオが撃った銃声が鳴り響く。それを合図にティカはそこに並べられていた無数の木箱の隙間から出て、オズの腕を掴んだ。

「エリオット!ティカさん!裏に通路がある」
「了解!」

 オズと共に走り、リーオの示した通路へと向かう。通路に入る直前に足止めをするためエリオットは近くの木箱を斬り、通路を塞いだ。後ろで崩れる音を聞きながらまたさらに階段を降りていく。暫く階段を進むと平坦な道になり、そこで後ろからの追っ手が来ないことで一息ついた。


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