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 いつの間にか皆と離れてティカは一人、廊下を歩いていた。オズとエイダは無事会えただろうか、オスカーはあれからどうして身を隠したのだろうか、など考えるがこの広いラトウィッジ校で四人を見つけるのは困難だと早々に諦めたティカは普段訪れるときには行かないような場所にでも行ってみようかと思い立つ。丁度、少し行った先に図書室の文字が見えた。ティカはふらふらとその文字に誘われて図書室へと歩いていく。入り口を曲がろうとしたところで図書館から出てくる人間と肩をぶつけた。

「おっと、すまない」
「いやこっちも……っ!?」
「ん?」

 謝ってすぐに立ち去るつもりだったが相手が何やらティカを見たまま停止した。オズとはまた違う金髪の青年が此方を珍しい物を見るような目をしている。その顔にティカは見覚えがあった。

「おっ、エリー君じゃないか」
「な…何て格好をしてるんだッ!!」
「似合っているだろ?」

 スカートを摘んで挨拶をするように膝を少し曲げる。金髪の青年エリオットは明らかに否定的な反応を見せた。

「似合ってるとかそういう問題じゃない!」
「何故だ。では何が問題だと言うんだ」
「全てだッ」

 当然だというように言い放ったエリオットにティカは溜息を零す。相変わらずの歯に衣着せぬ物言いにティカは清々しさを感じるが鬱陶しさも少なからず感じる。もう少し物事に対して寛容な心で受け止めれば良いものを、と思うがそれもエリオットの性格の一部なためなかなかに進言することもできかねる。つまりは何だかんだ、ティカはエリオットのそんな己の感情に真っ直ぐなところを好ましく思っている。

「そういえば、何か急いでいたのか?」
「そうだ!エイダ=ベザリウスの知り合いで侵入者のチビがオレの荷物を持って逃げやがったんだよ!」
「エイダ、チビ…なるほど」
「何か知っているのか?」

 ティカは肩を竦めて目を一度だけ瞬きして肯定の意味を示した。

「その侵入者の一人だからな、私も」
「は?」
「なるほど、オズ君は逃亡中か。それも擦れ違いだったとは…エリー君は彼を探すのだろう?私も彼と合流しなければならないから共に探すよ」
「一体アンタは何しにきたんだよ此処に…正式な手続きすりゃいいだろうが…」
「此処のセキュリティーが如何なものか調べにきたんだよ。案外大したことがないセキュリティーシステムだな」

 嘘八百である。セキュリティーなんてティカにとってはどうでもいい。それなりの言い訳を考えさせればティカは本当にそれなりのことを発言してしまう。それも平然とした顔で。今回も例に漏れず、エリオットが納得するような返答をした。

「まあ、とにかくエイダ=ベザリウスの知り合いで侵入者のチビを探すんだろう?行こうじゃないか」
「お…おう」

しかし闇雲に探すのは効率が悪いため、ティカは校内の一目にあまりつかない場所にいると予想してそれらをエリオットに案内させる。あわよくば恐らくそのような場所に身を潜めているだろうギルバートやオスカー、アリスとも会えればいいとティカは思った。

「ん?今日はリーオ君は一緒じゃないのか?」
「図書室で別れた。それよりもあのチビを探すんだ!」
「…初対面だろう?何をそこまで苛々しているんだ」
「ムカつくんだよ。あのチビの雰囲気が」
「まあ、確かにエリー君の癪に障るタイプの人間だな、彼は」

 しかもベザリウス家の人間だ、と声には出さず心の中で呟いた。聞いている内では恐らくまだオズの名前さえも知らないだろう。ここまで内面的だけでもエリオットが不快感を露わにしている相手がさらに最も忌み嫌うベザリウス家の人間だと分かったとき、エリオットはどうするだろうか。色々爆発しそうで八つ当たりまでされたらかなわないと思いティカは口を噤む。

「ん?猫の声が聞こえるな」
「…エイダ=ベザリウスの猫じゃないか?」

 聞こえる方へと歩みを進める。微かな猫の声だが歩むほどに確実に近付いているのだろう大きくなる。そして角を曲がればいそうな距離になった。

「おいコラ猫!校内でにゃーにゃーうるせえ…ぞ…!!エイダ=ベザリウス!?」

 そこには気を失い倒れるエイダがいた。エリオットが駆け寄り、起こすが目は閉じられたままだ。エリオットの服を猫が咥えて何かを訴えている。

「何かあるのか?」
「あのチビの居場所か!」

 走っていく猫を追いかけると少し行った先の壁の前で止まった。

「おい本当にここか!?何もないじゃねえか」
「壁…か」

 一歩後ろで苛々しているエリオット越しに壁を見つめるティカ。恐らくこの裏側に通路があるのだろうが、どうして裏側に行くのか。

「あぁ?その燭台がなんだっつーんだよ!!」
「燭台、…そうか」
「回してみるんじゃない?」

 燭台に手を伸ばそうとしたティカだが、突然現れた黒い影が先に燭台を回すとガコンッと音が鳴り壁が軋んだ音をたてながら回転し始めた。

「リーオ!」
「もう…探したよエリオット。それにティカさん?」
「久しいな、リーオ君」
「何で…ってまあいっか。…で?この中には何があるの…?」
「…さぁな。だがおそらく…」

 猫がついてこいと言うようにさっさと奥へと進んでいく。ティカは迷っているような二人を置いて階段を降り始めた。

「あ、おいっ!」
「行かないのか?何にせよ、猫が心配だろう」
「そうだね。行こう、エリオット」
「分かっている!」

 何か急かされるように階段を早足で降っていく。先は暗く、階段が続いているばかりだ。


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