隣の席のまつかわくん | ナノ






及川君といい、松川くんといい、男子ってそんなに簡単に可愛いと言うものなのだろうか。
女子はすぐ可愛いって言うけど。今日焼けたチョコレートタルトだって、上の部分に花のチョコを乗せたからかわいいし。今日の藍ちゃんの髪型がお団子で可愛かった。登校前に抱っこしたみーちゃんもいつも通りかわいかった。多分そういう軽いノリ、だよね。

自分では、結構「可愛い」を使うけど、自分に対して使われると、なんとも言い表すことのできない恥ずかしさがある。彼からしてみればきっと深い意味なんてない。
言われたのは昨日のことなのに、事あるごとに思い出してしまう。携帯のメッセージアプリを開く。
松川君のメッセージ画面を開く。
そこにはこの間のスタンプ。もしもあの時、私が返事を返すとしたら、なんて送ったかな。
自分が持っているスタンプを確認する。

「うそっ?!」

確認するだけのつもりが、軽く指が当たり、ポンっという音と共に画面に表示されてしまう。慌てて取り消しを押そうとしたが、すぐに既読マークがついた。
待って、早くない?
しかもよりによって、送信したの、うさぎが頬をおさえてハート撒き散らしてるやつなんだけど。

「ど、ど、どうしよう!」

慌てて画面を切り替え、そのまま携帯を机の上に置いた。そして自分はベッドの上に避難する。
間違えた、なんて言えない。
そもそも彼の画面を開かなければ、彼に送信なんて出来るわけがないんだから。
ロックをかけていたはずの携帯画面が光る。返事が来たんだ。なら私はなんて返す?もしもすぐに返信したら、まるで待っていたかのように思われない?

いくら考えても、良い言い訳が思い浮かばない。
そうだ、寝てしまったことにしよう。
とぼけてしまおう。私、なんか送った?って。
たぶん松川君なら「そうなの?」で終わるはずだ。
私はメッセージの内容を確認せずに、携帯を裏返して、布団に入った。





・  ・  ・





「昨日のスタンプって何だったの?」

松川君がスタンプの話を振ってきたのはお昼休みになってからだった。今日は藍ちゃんが部員の人達と食べるみたいで、教室には来ていない。たまには1人で教室でのんびりしようと思っていたのだが、何故か、松川君と一緒に食べることになった。
いつもは教室を出て行ってしまう彼なのに、今日はそのまま席を立たなかった。
今日はどこも行かないの?とも聞けず、かといって自分から離れることも出来ず、15分間の沈黙の末、彼が言ったのだ。

「えーっと。」

朝の登校時だって、合間合間の小休憩だって、他愛無い会話をしたのに、なんで今のタイミングなんだろう。完全に油断してた。

「ま、・・・まちがえ、ちゃって。」

寝ちゃった。何か送った?
そう言おうとしてたのに、口では違うことを言っていた。

「間違えたの?」
「そ、そう。」

私の答えに松川君はじっと私を見つめてきた。なんだかすごく悪いことをしている気分だ。つい、視線をそらす。

「そっかー。」

松川君はそれだけ言うと、黙って携帯をいじりだした。よかった。

「俺、期待しちゃった。」

松川君は自分の携帯の、私とのやりとり画面を見せてきた。そこには壁から顔を少しだけ出して、こちらを覗く狸のスタンプ。
昨日の松川君が送信してきたもの。

「き・・・期待?」
「うん、期待。」

それって、どう言う意味の期待なの?
携帯から視線を松川君に移す。すると彼と目が合った。途端に身体から動かなくなった。
彼と目が合ってる。
彼が、私を見てる。
目を逸らさなければ。そう思っても、逸らすことができなかった。





「おーい、まっつーん。」


身体の力が抜けたのは、誰かが松川君を呼んでからだった。ふと廊下を見れば、及川君が「おじゃましまーす。」と入ってきたところだった。解放されたかのように、身体ごと窓側を向く。口元を手で押さえて、ゆっくりと深呼吸をする。
なんだかすごく長い間目が逸らせなかった気がする。

「まっつん今日教室だったんだね。」
「そうね。」
「辞書貸して。」

はいはい、と松川君が立ち上がる。多分ロッカーに向かったんだ。やっと呼吸が落ち着いてきた。
けれど、及川君は彼にはついていかず、ここにとどまっている。

「関口さんって、まっつんのお隣さんなんだね。」
「う、・・そ、そうなの。」

今私完全に及川君に背を向けてるはずなのに、彼は私だってわかるみたいだ。

「ほら、辞書。」
「さんきゅー、まっつん。」
「わざわざ1組までご苦労さん。」

松川君の言葉に、なぜか及川君はえへへー、とよくわからない笑い方をしていた。そして2人の会話が一瞬止む。そこに違和感を覚えたものの、振り返るのは気が引けたのでそのまま窓から景色を眺めるふりした。

「もしかして、俺、邪魔だった?」
「うん。かなり。」
「うわー、ごめん。本当に申し訳ない。」

2人の会話はよくわからないが、視線がこちらに向いている気がする。背中をチクチク刺されているような。

「ごめんね、関口さん。」
「いえ、大丈夫。」

一体なにに対してのごめんねなのか。いったいどれに対しての大丈夫なのか。今は考えたくない。
及川君が来てくれたおかげで会話は終了し、昼休みが終わるまで、私は彼に背を向け続けた。






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