「関口は何も気にしなくていいよ。」
帰り際、松川君に言われた。
「及川の問題は、あいつ自身がなんとかするよ。化け狐の事も含め。」
「この間の女子達のこと?」
「そう。あいつらは、及川に近づく女が気に食わないの。」
及川君は誰のものでもないのに。
「自分たちがマネージャー落とされて、それでいて及川に相手してもらえないのが悔しいんだよ。」
元々はマネージャーだったらしい。それで及川君に色目を使っていた。けれどマネージャー業は全然出来ていないし、他のマネージャーが及川君と話したら裏でいじめたりやりたい放題。それがばれてクビになった。
トラウマになったマネージャーたちは次々と辞めて、結果、三浦さん1人になった。三浦さんは仕事はそんなに速くないけれど、黙々と頑張って、部員たちと絆を深めていったらしい。それが気に入らなくて、裏で嫌がらせを受けている、と。それでも三浦さんは誰にも言わずに我慢をしてきた。
「だから三浦って、家族みたいな感じ。俺らの大事なマネージャー。」
「そうなんだ。」
「でもやっぱり、嫌がらせは今でも怖いみたいよ。」
そりゃそうだよね。いじめなんて遭ったことないし、あること自体知らなかった。でももし私がいじめられたら絶対に耐えられない。もしも三浦さんの立場ならマネージャー辞めると思う。
「他の部員もいるから、三浦は大丈夫だよ。」
「・・・よかった。」
花巻君とか、いるもんね。
「関口は。」
「うん。」
「関口は俺が守るから。」
その瞬間どきっとした。いや、深い意味じゃないはず。三浦さんは他のバレー部が見てて、俺暇だから。隣だし、ついでに。くらいのノリでしょ。
俺が守る、なんて映画のワンシーンみたいだ。
「あ・・・ありがとう。」
どういう風に解釈すればいいんだろう。いや、落ち着いて。及川君のファンの人たちに、いじめられないようにってこと、だよね。いや、それ以外ないけど。
「そんでこれは関係ないんだけどさ。」
「う、うん。」
「今日この後暇?」
「え。」
「どっか行かない?」
ちょっと待ってください。今、松川君、どこか行かない?って言ったよね?今日は、オフなの?男子バレー部とご飯とかしないの?
「あ、藍ちゃん今日、部活って言ってたよ?」
「なんで井上が出てくるの?」
いや、なんでって。これじゃまるでデートじゃない。
さすがにそれはデートだよ。
舞い上がってしまう、浮かれてしまう。
「ま・・・松川く君、好きな人いるって、言ったじゃん。」
「言ったね。」
好きな人がいるのに、2人で出かけたら、その人に勘違いされちゃうよ。私も、勘違いする。
「でも2人で出かけるってそんないけないこと?」
「え・・・だって。」
「三浦ともよく出かけるし。」
ほら、やっぱり三浦さんだ。家族みたいなものって言ってたけど。確かに、三浦さんと松川君て距離近かったし。松川君にとっては別になんともないのかな。そうだよね。何とも思ってないからこんな気軽に誘ったんだ。
「スイーツ食べたいって言ってたでしょ?」
「あ、あれはそういう流れで、」
わかってるよ、と松川くんが笑う。そしてカバンを持って立ち上がる。
「最近三浦ばっかりで、全然話してない。」
「え。」
「行こうよ?」
松川君は私の返事を待たずに歩き出してしまった。
・ ・ ・
「・・・おいしい。」
誘われたことに舞い上がっていた。好きな人がいる彼が声をかけてくれた。私は今すごく浮かれている。
隣町まで来て、かわいいカフェでケーキを食べている。これはデートだと言っていいよね。なんて。
誘われた理由は、今は考えないことにする。
もしかしたら好きな人と行くための予行練習かもしれない。それでも今は、恥ずかしさと、嬉しさで胸がいっぱいだった。
「ここ結構有名らしいよ。」
「そうなの?」
外観から既におしゃれだった。中に入った時は女性客ばかりで、よくこんなお店知ってるなって思った。見た目もかわいいスイーツばかりだった。
「あ、もしかして、三浦さんの紹介?」
「違うよ。」
「そ、そう。」
あんなに甘党だし、お店巡りとかしてそうだったんだけどな。それにしても、松川くんの口数が少なく、会話があまりない。というか、ケーキを食べる私を、ただじっと見てるだけ。そしてたまにコーヒーを飲む。
さっき、全然話してないと言っていたが、今も全く話してない。それにそんなに見られたら、また恥ずかしくなるから、食べるなり携帯いじるなり、何かしらしてほしい。
「み、三浦さんて、すごくかわいいよね。」
「そうだね。」
2人しかいないのに、無言になるのはやめてください。なんとか話題を振り絞る。
「私、天然パーマだと思ってた。自分で巻いてるなんてすごいよね。」
「うん。可愛くなりたいんだって。」
「もう充分可愛いのに?」
あんなに可愛いのに、まだ可愛くなるつもりなの?
「俺は関口のほうがかわいいと思うけど。」
ガシャン、と手に持っていたフォークを落としてしまう。
「ねえ関口。」
「は・・・はい。」
「今日なんで俺が誘ったかわかる?」
落としたフォークを拾って少しの間、彼から目をそらす。
「スイーツが食べたいって話で、」
「本当にそれだけだと思う?」
いやいや、さっき松川君が言ったんじゃないか。これ以上期待持たせないでよ。
次に彼から出る言葉を聞くのが怖い。でも知りたい。ゆっくりと彼を見る。真剣な瞳が私をとらえる。
「・・・内緒。」
「はい?」
「自分で考えてみて。」
松川君は不敵の笑みを浮かべるだけだった。その後、彼はずっと黙ったままで、1日が過ぎた。
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