本気の想いに気づきなさい
今日の二口君は違った。「わり、遅れた。」と謝罪から入ってきたのだ。
昨日は遅ぇよ、とかキレてきたのに、今日は違う。
「・・・部活、おつかれさま。」
先を歩く二口君に言えば、彼は突然立ち止まって、こちらを見た。
「・・・え?」
「・・・おう。」
それだけ言って、彼はまた歩き出した。何だったのだろうか。あと今日は心なしか歩くペースが遅い。いつもは足が長いこともあって、こちらも早歩きなのに、今日は丁度いい。追いついてしまうくらいには。
でも隣に並ばないように、こちらも少しペースを落とす。すると彼はまた振り返った。
「な・・・なに?」
「・・・・・・。」
眉間に皺を寄せて、二口君はこちらを見るだけだ。立ち止まる彼に合わせてこちらも止まる。しかし彼はなにも言わず、止まったままだ。
「どうしたの?二口君。」
「・・・べつに。」
そう言えば昨日もこんなことあったな。そう思っていれば、再び彼が歩き出したので、後ろをついていく。やはり会話は無く、20分無言だった。
改札の手前、クレープ、と書かれたお店の前で彼は立ち止まる。そして睨みつけるようにメニューを見る。
「・・・クレープ食べるの?」
「お前、何がいい?」
メニューを見つめながら二口君は言った。
「私はいいや。」
「はぁ?!」
「え?!」
断れば、彼は勢いよくこちらを見た。びっくりしたな。
「なんでだよ?!」
「なんでって・・・私甘いもの好きじゃないんだ。」
「は?女子って甘いもん好きじゃねーのかよ?!」
「偏見だよ。」
おーなーがーわー!と叫ぶ二口君。女川君ってあれかな、舞ちゃんの彼氏さん。
「・・・もしかして、私のために寄ってくれたの?」
「ちっ・・げーよ!」
勢いのまま二口君が声を上げたが、顔は真っ赤だった。
「俺が食いてぇだけだし!ついでに思っただけだから!チョコバナナクレープ!ひとつ!」
顔を赤くしたまま二口君は店員さんに言った。店員さんも怖かったのか、涙目で作り始める。・・・なんだこれ。
「二口君、甘いの好きなんだね。意外。」
「・・・まぁな。」
クレープを食べだした彼に言ったが、顔を見ればわかる。嘘だ。
「美味しい?」
「・・・聞くなよ。」
終始無言でクレープを食べる。しかも一点を見つめながら。
・・・もしかして、二口君って意外とわかりやすいのかもしれない。
おにぎりにがっつく時みたいなスピードでクレープを食べる二口君。最後なんてもう頬張るレベルだ。口一杯に入れ、少し涙目だ。
「・・・お茶、飲む?」
「・・・ん」
カバンからペットボトルを出せば、彼は急いでお茶を流し込んだ。とんでもなく美味しくないものを食べた顔だ。
「・・・わり、全部飲んじまった。」
「大丈夫だよ。半分なかったし。」
「そ。」
それだけ言って、彼はまた動きを止めてしまった。今度はどうしたのだろうか。
「これ・・奈良坂の?」
「そうだけど・・・あ!飲みかけでごめん!」
飲みかけじゃ悪かったよね。自販機で買ってきてあげればよかった。いや、でも、そもそもクレープ買ったのは彼だし。
「お前バカかよ!」
「えぇ?!何突然!!」
空になったペットボトルで軽く頭を叩かれる。真っ赤な顔で彼は見下ろしてくる。そしてもう一度、ボトルで叩かれる。ポコ、という軽い音。
「他の男子とかにもすぐ飲みかけあげんのかよ。」
「・・・それどんなシチュエーション?あとぽこぽこしないでよ。」
「かっ・・かかかっ・・・間接キスだろうが!!」
がこん、と乱暴にペットボトルを捨てて、二口は言った。
「た・・・確かに。ごめんね。」
「ごめんじゃねーし!」
口元を腕で隠しながら、二口君は言った。
そしてじろりとこちらを見た。
「・・・恥ずかしい、とかねーの?」
「・・・そういうの考えてなかったな。」
そう答えれば、二口君は不服そうな顔をした。その顔のままこちらに歩み寄る。それにつられて後ろに下がる。そんなことを繰り返していれば、早い段階で壁にぶつかった。
私の前で立ち止まり、右手を壁に当てる二口君。これってもしや、昨日言っていたことか?
「ふ、二口君ストップ!」
「・・・なに、」
「近い!」
先ほどまで彼が真っ赤になっていたのに、今度はこちらが赤くなる。二口君は何も言わず、こちらを見つめてくる。空いていた左手も、壁につける。
「ストップ!ストップだってば!」
ー『壁に追いやってキスでもしろって?』なぜか昨日の言葉が頭をよぎる。
・・・どうしよう。
結局何も対策が思い浮かばず、目だけを強く閉じる。
いくら待っても何も起こらず、代わりにぷっ、と吹き出す音だけが聞こえた。目を開ければ彼はもう腕を離していた。
「やっぱ奈良坂好きだわ。」
そう言って笑う。
・・・ずるい。
prev /
next