はいかイエスで答えなさい | ナノ

  自分の心に耳を傾けなさい





ーーー『いーんすよ、・・・俺たち付き合ってるんで。』
ーーー『茶々入れないでください。』


今朝、奈良坂と駅で鉢合わせた。
朝にはめっぽう弱いタイプなので、かっこ悪いところを見せたかもしれない。いつもは部室に着くまでには完全に目が覚めているのだが、奈良坂の声は心地よくて、いつもよりも覚醒するのに時間がかかった。
肌が荒れそう、とか変なこと言ったよな、俺。
久々に笑っている奈良坂を見た。それもそうだよな、俺が強引にことを進めていたんだし。1週間、もう五日も立ってしまった。昨日のクレープも失敗に終わった。

「ふ・・・二口君、ちょっと。」
「・・・なに、」

朝、お気に入りのグミをあげた。酸味が強いのがいいのに、奈良坂の口には合わなかったらしい。おかげで、貴重な表情が見れたわけだけれども。かわいい、と思った。
時間が経てば経つほど、好きだと感じる。
でも、仮の恋人設定はもうすぐで終わってしまう。クラスだって同じだから、少しでも多く話をしたい。でもこの口の悪さでは、相手を不快にさせることばかりだ。うまくいかない。今日はずっと避けられている。やっと見つけたのに、茂庭さんかよ。


「そろそろ手を離して欲しいんだけど。」
「別によくね?付き合ってるんだし。」
「一方的に掴んでるだけでしょ?それは違うよ。」

苛立っている俺とは真逆に、奈良坂の声は落ち着いていた。
茂庭さんと話してる時みたいに笑えよ。なんて言えずに、視線だけを送る。きっとまた睨みつけてるんだろう、自覚はしている。それでも止められない。

「どうして怒ってるの?」
「怒ってねぇから。」

茂庭さんと同じ中学だったからって、 “ 要先輩 ” って親しすぎるんじゃねーの?茂庭さんの彼女島崎だろ?鎌先さんに聞かれたときすぐ否定しろよ。

二口の彼女ですくらい言えよ。

喉をつっかえて出てこない。全部飲み込む。これは単なる俺のわがままだ。あと数日で別れる相手を 『 彼氏 』 だなんて紹介はしない。
確かに口も悪いし、態度も悪いが「は・・・はぁ。」なんて流すな。

「私・・・二口君を怒らせるようなことしたの?」

今目つきが悪いのはわかる。奈良坂は関係ないのに、迷惑をかけてしまっている。俺が一方的に腹を立てているだけだ。仮交際期間だって残り少ないのに話したい本人は俺から距離をとる。
自分をアピールするどころか、目つきと態度の悪さばっかりが目立って全くいいところがない。今までできたなんの変哲もない会話が困難になっていく。後輩や、部活、授業のことだって。些細なことが言えなくなる。
・・・違う、そうじゃない。奈良坂ともっと話したい。もっと知りたい。そして、本来の俺はこれだ、と理解してもらいたい。それで好きになってもらいたい。

「奈良坂は悪くねぇから・・・わりぃ。」


内心で思っていても、口に出さなければ伝わらないのは当然のことだ。先輩や同期の奴らにはすぐ言えるのに、言いすぎて怒られるぐらいなのに。

「・・・体調でも悪いの?」
「は?」

奈良坂が顔を覗き込んできた。やけになって握っていた手はだいぶ前から離していた。さっきまで凄く苛立って、奈良坂を困らせていたのに、その事を怒る事なく、奈良坂は俺を心配する。

「私のこと探しにきたんだよね?何か急用でもあった?」
「ない・・・けど。」
「・・・そっか。じゃあどうして怒ってるの?」
「・・・それは。」





勝てないからだ。


茂庭さんには。どう頑張っても。
あの人は俺の先輩でもあり、主将でもあり、目標みたいな人だ。
散々手の焼ける後輩だったろうに。それでも放っておかずに、ずっと見ていてくれた。相手がどんな奴であろうと、茂庭さんは主将としてみんなを見ていた。
果たして俺にもそんな風にできるのだろうか。今現在だって、1人の後輩に手を焼いて、そいつを伸ばしてあげることもできていない。それを、俺に出来るというのだろうか。
一生茂庭さんには勝てないのに、奈良坂が茂庭さんに向けているような笑顔を向けてもらえるのだろうか。

「・・・茂庭さんって優しいよな。」
「え?う、うん。そうだね。」


告白をした時、振られてそこで終わるのが嫌で、とっさに好きなタイプを聞いた。彼女は「優しい人」と答えた。その時点で自分に当てはまらないのはわかっていた。
頭に浮かんだのは1つ上の先輩だった。頭の中で何度も考えた。優しくしなければ、と。でも表面上だけの優しさなど、無いものと同じ。

「茂庭さんに告白されたら付き合うの?奈良坂は。」

こんな事を聞きたいんじゃない。そうだ、と肯定されたら、もうどうしようもできない。潔く諦められない。だから女々しいと言われてしまうのだ。今、どうして奈良坂が怒らずに心配してくれているのか、俺なんかにわかるはずがなかった。

奈良坂は何も言わない。
呆れているのだろうか。嫉妬している小さい男だと。
怖くて顔を見れなかった。

「付き合わないよ。好きじゃないもの。」

奈良坂はゆっくりと言った。彼女の顔を見ると泣きそうに見えた。どうしていつも傷つけてしまうんだろう。

「・・・茂庭さんになりたかったよ。」

優しくて信頼される茂庭さんに。そしたら俺は迷ったりせずに、奈良坂に告白するのに。きっとこんな風に傷つけることもなく、不審がられたりもしなかったろうに。


「二口君は、」

奈良坂が口を開く。

「要先輩に嫉妬してるの?」

確認するように慎重に、彼女は言った。
全くその通りだ。誰から見てもバレバレ。情けなくて泣きそうだ。



「そうだよ。」

普段の自分なら、やけになって声を張り上げただろう。意外と冷静な自分に笑えた。流石に奈良坂ももう限界だろう。1週間付き合ってくれ、なんて、一体どうなると思ったのだろうか。奈良坂はなにも言わない。

「引いただろ。勝手に嫉妬してさ。」

沈黙に耐えられるほどのメンタルは持ち合わせていない。この関係が終わった後、元の関係には戻れない。そう簡単に諦めることができるなら、こんなに切羽詰まった告白などしなかったのだ。

今更後悔したって、もう遅い。

「・・・引いてないよ。」

相変わらず、彼女が何を考えているのかわからなかった。それでも優しそうに微笑んでいた。

何かを伝えるつもりはなかった。
考えるより先に身体が動いていた。


彼女の腕を引いて、強く抱きしめた。






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