仕草1つにときめきなさい
「あれ、奈良坂。」
「・・・あ、二口君。」
早朝、駅にてエンカウント。
「おはよう、はやいね。部活?」
「・・・そ。」
くぁぁ、と欠伸をして、二口君が答える。少し身体を丸めたまま、だるそうに歩く。
「一応主将だし、鍵当番だから、みんなより早く行かないと。」
目をこすりながら言う言葉からは、覇気を感じられない。
「眠そうだね。」
「昨日寝れなかったんだよな。」
「そっか・・・おつかれさま。」
いつもとは違って、歩くスピードが遅い。必然と隣を歩くような形になっている。気付かれないように横目で見る。180センチオーバーしているだけあって、身長差はまだまだある。
「つーか奈良坂は?早すぎるだろ。」
帰宅部だろ、二口君は付け足し、再び欠伸をした。
「あ・・・うん。私美化委員で、今日水やり当番だから。」
女子が少ない伊達工の、わりと女子が集まる委員会。週に二回は先生が水やりをやってくれるのだが、他の日は委員の当番制。とはいっても、他の委員の人たちは大半が部活の時間と被っているため、帰宅部や朝練無い組の仕事と化している。
「水やりって校内の全部?」
「そうだよ。」
「うわ地獄。」
私の場合は、他より作業が遅いから、他の人より早めに行かなければ終わらない。だからこんなに早い時間になってしまうが、毎日ではないので別に苦ではない。
「寝不足には気をつけろよ。」
「大丈夫だよ、週に2回だし。二口君の方が睡眠足りないんじゃない?」
どうでもいいけど今日の二口君はよく喋る。寝起きだからか、睨まれることもない。
「俺はいーんだよ。男だし。」
「・・・ん?ちょっと意味わかんない。」
「・・・肌荒れそう。」
・・・肌荒れ?肌荒れって言ったのか?この人。
「・・・あ。いや・・・ねーちゃんいるから。なんかよく言ってるから。」
足を止めて黙ってしまった私に、二口君は慌てて訂正した。
「そうなんだ。いいな、お姉さん。私弟だから羨ましい。」
「全然よくねーよ。すぐパシるし、女友達泊めてうるせーし。買い物行ったら荷物持ちさせられるし。」
今度は深いため息を吐いて彼は告げた。
彼は頭を掻きながら、お姉さんへの不満を喋りだす。
少し自分にも当てはまる部分があるので、今日は弟に優しくしてあげようと思う。
ここ最近、不機嫌な彼ばかりを見ていたから、こういうなんともない会話がすごく新鮮だ。他愛もない会話、いっぱいしてたな、と思わず吹き出してしまう。
「・・・あ。」
「・・・あ!ご、ごめんね笑って。」
急いで謝罪をする。けれど別に怒ってはいないみたいで、いーよ、と短く返された。
「奈良坂笑ってんの久々に見たわ。」
「!そ、そんなことないよ。」
慌てて顔をそらした。そっちこそ、そんな顔で笑わないでほしい。昨日といい、その顔は反則だ。イケメンの笑顔ほど凶器なものはない。
「どした?」
「いや、べつに?」
熱を帯びている頬を両手で軽く叩く。
これで熱が冷めるとは到底思えないが、何もしないよりはましだ。
「変なやつ。」
二口君はそう呟いて再び欠伸をした。わかった、彼が今日穏やかなのは、きっと朝が苦手なタイプなんだ。寝起きでまだ覚醒していないんだ。きっとそうだ。
「奈良坂。」
「はいっ!?」
「・・・何ビビってんだよ。」
「ご、ごめん。」
突然呼ばれ、上ずった声を出してしまう。突然呼ばれたら驚くって。
でもやっぱり二口君は気にしていないのか、ポケットから何かを取り出した。そして「一個やる。」と短く告げて、袋から1つ渡してくれる。
「なに?これ。」
「グミ。好きなやつ。一個やるよ。」
「あ・・・ありがとう。」
渡されたグミを手のひらに乗せたまま、彼を盗み見る。彼は自分の分をもう口にしたみたいで、んー、と口を動かしていた。
「い、いただきます。」
「おー。」
お菓子を持ち歩いてるなんて、中々可愛いじゃないか。しかもグミとか、珍しい。私の中でのギャップ発見だな、と思わず吹き出しそうなのを耐え、自分の分を口にする。
「ん!?」
口にした途端、つい声が出てしまった。
「どしたー?」
・・・酸っぱい。酸っぱすぎる。
思わず身震いをして唇を噛みしめる。
「しゅ・・・しゅっぱいね、」
「ぶふっ」
おい、何吹き出してんだよ。
グミってこんなに酸っぱかったっけ?
もっと果汁たっぷりジューシーじゃなかったっけ?そうだよね、黄色かったもんね。なんで気づかなかったのかしら。レモン味だって。・・・にしても、だ。
「ぶ、っく、・・・涙目。」
「んー!!」
思い切り歯をくいしばる。こう言う場合は早く飲み込んだ方がいいのに、どうしてそれができないんだろうか。
噛む気力すら湧かない。
「・・・酸っぱすぎるよ。」
「そこがいいんだろ。」
「・・・どうでしょうね。」
「なんで敬語なんだよ。」
二口君はまた笑いながら言ったが、残念ながらこちらとしては笑い事ではない。
「なあ奈良坂。」
「・・・なんですか。」
「写真撮っていい?」
「ダメです!!」
つい声を張り上げてしまう。
すると二口君は小さい声でちぇっと呟いた。
「可愛かったのに。」
呟いた声に思わず二の腕を叩いた。
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