ねことわたし | ナノ

噴水のように溢れ出す






ーー『・・・いるよ。好きな人。』


そりゃあ好きな人くらい、いるだろう。
何度も自分に言い聞かす。
大した事じゃない。
好きな人がいる。それだけ。

なのにこんなに心が痛むのは。

「そっか。」

なんとなく気づいていた。
初めてのことだから、違う、と自分に言い聞かせていた。
この関係は、本当にイレギュラーだから。
終わったら、終わりだから。

きっともうすぐ終わるんだ、と心の中で何度も言い聞かせて、違うんだ、と念を押していた。

「っはは、」

力なく笑ってみた。
部屋に虚しく響いて、滑稽だ。

こんなこと、思っちゃいけないんだよ。
部屋を貸してるだけ。
寝床を提供してるだけ。

偽りの関係を演じているだけ。

秋って呼ぶ顔も。
頭を撫でる手も。
いい子だね、って笑う顔も。

全部、今だけ。嘘のもの。

「・・・好き。」

ぽつりと呟いてみた。
もちろん返事などない。誰もいないのだから。

親がいなくて寂しくなってるだけ。
当たり前のように家に家族がいて、笑って楽しい時間を過ごしていたのが、急激に恋しくなったから。

だから、【好き】なんかじゃない。
そんな、・・・違う。
勘違いをするな。

「っふ」

止まれ。止まれ止まれ!
もうすぐ帰ってくるから。
顔にタオルを押し付ける。

なんでこんなことになっているの?

「ただいま。」
「っ!おかっ」

最後まで言葉が出なかった。
下を向いたまま慌てて立ち上がる。

「・・・秋?」
「いまっ、ご飯、」

嗚咽が出そうになる。
痛い。痛い。

自覚してしまうと、冷静でいられなくなる。

「・・・泣いてるの?」
「・・泣いて、ないよ。」

バレる。バレてしまう。
やましい下心が、バレてしまう。

慌てて台所に向かう。

「待って。」

すれ違いざまに腕を掴まれる。
下を向いたまま、腕を振り払おうと力を込める。

「なんで、泣いてるの。」
「泣いてないってば!」

思いの外に力強く言ってしまう。
一瞬緩んだ力を振り払おうと腕を動かしても、また強く掴まれて身動きができない。

「俺のせい?」
「離してよ。」
「理由を教えて。」
「離してってば!」

冷静な気持ちになどなれない。
好きな人がいる、とわかってから、自分の感情を知る。

愚かで滑稽で、実に惨め。

ああ、初恋失恋。
よくある話。

本とかでもよく読む。
可哀想、と感情移入して泣いたこともあったけど、全然違う。
心臓が痛い、心が痛い。

好きってこんなに痛いものなの?辛いものなの??

「秋、」
「名前で、呼ばないで。」

この特別が、本当の特別になることはない。
冷たく言い放つ。
握られた力が強まるのを感じる。

「俺の話を聞いてよ。」
「今日カレイの煮付けだよ。」
「それは今どうでもいいから。」

痛い。痛い。
彼が吐き出す言葉全て痛い。

舞い上がってごめんなさい。

「冷めないうちに用意するね。」
「だから話を」
「何も聞きたくないの!」

力を込めて手を振った。
案外簡単に解けた。
目を瞑ったまま叫んだ。

「いつまでも続けらんないよ!」

返事は返ってこない。

「こんなこと、いつまでも続けられない!」

力を込めて言ってのけた。
どうして大事な時に、その姿になるのよ。

「にゃー。」
「早く終わらせようよ!」

足元で喉を鳴らす猫。

「赤葦くんが思っていることと、私が思っていることは違う!」
「すごく心が痛いの!」
「苦しいの!」

バカみたいに叫ぶ。
前足で顔を洗う猫。

「その場の勢いで、嘘はダメだったの!」

涙が止まらない。
猫に対して声を荒げる。

「戻ったら、終わるんでしょう?!」

返事は来ない。
何も言わない。
こちらを見もしない。

「好きになっちゃったの!」

ごめんなさい。
やましい感情。

あなたがそう感じていなくても、
私が虚しくなるだけでも。
自覚してしまったら、もう止まらない。

「なんで、何も言ってくれないの?!」

にゃーとも言わない。
理不尽に声を荒げる。

「赤葦くん!」

叫んでみても、目の前の猫はゆっくりと布団に向かうだけ。

「どうしてっ・・・。」

嗚咽が漏れる。
聞いてくれないの?

「・・・好き、」

呟いた声。
目の前には誰もいない。







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