空回る歯車
ない。
ないない。
「確かに鞄に入れたのになぁ。」
山中先輩からもらった連絡先がない。
確かに鞄に入れたのに。どこを探しても見つからない。
昨日言われた通り、お断りしよう。
折角口裏合わせてるんだし。
赤葦くんに悪いし。
でも少し怖かったぞ、彼。
『今彼氏俺でしょ?』
そう言ったときの顔が凄く怖かった。
でもこんなこと言ったらあれだけど、本当に告白初めてだったんだもん。えっちゃんモテるし。
いや、告白されたいとかじゃないけど、ちょっうと嬉しいじゃん?知らない人だけど。
もちろん告白されたら即OKみたいな性格はしてないよ?でも、ちょっと嬉しいじゃん?
多分えっちゃんに言ったら、「あんたみたいな珍獣扱えるのかしら?」とか言われそうだけどさ。
それでも一回くらいは自慢させてくれよ。
って違う。お断りしなければ。
彼氏いるんです、と。
彼氏・・・。
手段がないから、直接クラス行く?3-5。
行っちゃう?
いやでも、OKと勘違いされたら申し訳ないし、万が一にでもトサカに遭遇してみろ?最悪だぞ。
はぁ、とため息を一つ。
一旦携帯を取り出す。
「わっ?!」
同時に振動が起こる。
ディスプレイには赤葦京治。
着信を知らせるそれに、流れるように通話を押す。
「は・・・はい、」
『あ、出た。』
・・・出たらダメだったのか?
電話越しに聞こえるのは噂の彼。
噂の彼氏。
「ど、どうしたの?」
『いや、特にはないよ。』
電話越しの聴きなれた声。
最初の出会いがなければ、こんな事もしてないんだろうな。
『今何してるのかなって。』
昨日の苛立たしは感じられない。
「本読もうかなって思ってたところだよ。」
『そうなんだ。野本は?』
「えっちゃん?部活の呼び出しみたい。」
コーチに呼ばれてるんだよねー。とめんどくさそうな顔していたのを思い出す。
「えっちゃんに何か用だった?」
私でよければ伝えておくけど、と付け足せば、意外な返答。
『いや?むしろちょうどよかった。』
「え?」
それだけ言って、電話越しから音がしなくなる。
なんだい説教かい?いないことをいいことに怒鳴り散らすのかい?
「赤葦・・・くん?」
『・・・秋』
しばらくの間があってから、彼は私の名前を呼んだ。
「・・・あの。・・・いきなり名前呼ぶのやめない?」
『どうして?』
どうして、とな?
相変わらずの涼しげな声に、変な声が出そうになる。ぐぅ、っていうと笑われるもん。
今は誰もいないじゃん?名前で呼ぶ必要ないじゃん?恥ずかしいじゃん。
「だって、」
『どうして?理由を教えてよ、秋。』
はい。そうです。私が秋です。
間違ってないよ。間違ってないけど。
「は、・・・恥ずかしい・・・から。」
『なんで?付き合ってるのに?』
電話越しで、どんな顔をしているのだろう。
またからかっているのだろうか?
熱のせい?そんなことないよね。だってもう2日も前のことなんだから。
「わ、わかった!そこにバレー部の人いるんでしょ?!」
『1人だよ。』
嘘だ。
先輩たちに冷やかされて電話してきたんでしょ?うさぎ先輩に言われたんでしょ?
「勘違いされちゃうよ。」
『だれに?』
「それは・・・」
『秋は名前で呼ばれて、何か不都合でもあるの?』
違う。
やはりいつもの赤葦くんじゃない。
いつもは宇多川さんって苗字で呼ぶもの。
「ない・・・けど。」
『秋こそもしかして山中といるの?』
「ひ!1人だよ!」
なんで今山中先輩の話になるんだ。
『ねぇ・・山中のこと好きなの?』
家にいてもこんなに喋らないのに、今日は饒舌だ。好き?会話もしたことないのに、好きにならないよ。
「そういうのじゃないよ。」
『ふーん?』
「赤葦くんこそ、好きな人いないの?」
流れるように似たようなことを聞く。
そうすれば、また無音になる。
聞かなきゃよかった、と後悔。
『・・・なんで?』
でももう遅い。
「だって、好きな人いたら、悪いじゃん。偽の・・・恋人のふり、して。」
猫になってる間だけ。元に戻ればそれも終わる。また何事もない日常で。旅行中の両親の帰りを待つ。
『そうだね。』
どっちなのかわからない返事をする。
こうやって、女の子を名前で呼んで。もし赤葦くんの好きな人に見られたらどうするの?勘違いされちゃうよ?
『・・・・いるよ。好きな人。』
今度は私が黙ってしまえば、赤葦くんは静かに言った。心臓を鷲掴みされたような感覚に陥る。落ち着け、と目を瞑る。
「そうなんだ。」
でも返したのはあっけない言葉で。それ以上は何も言えなかった。
好きな人くらいいる。
下手したら彼女いたっておかしくないもの。
「じ、・・・じゃあ早く」
『ん?』
「戻る方法、見つけないとね。」
この関係を、早く終わらせて。
好きな人と両想いになるべき、だよ。
赤葦くん、優しいし、頼もしいから。
少し意地悪だけど。
『・・・そうだね。』
この後は、無言だった。
互いに。
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