ねことわたし | ナノ

まるで幻のように






『久しぶり!京治!』

非、現実的なことなどありえない。
起こりえない。

『どうしたの?浮かない顔して。』

例えば真っ暗な空間の中にいて。
天井も床もわからない。どこに立っているのかもわからなかったとして。
愛して愛してやまない愛猫が目の前にいる。

もう会うことは叶わない愛猫がいる、とする。

『京治?元気ない?』

日本語を、喋っている、なんて。

「夢か。」

前にも見た夢だ。
夢のくせに、はっきり覚えてるんだよな。
しかも触った感覚もある。
最近の夢は進歩してやがる。

実際ほら、ハム、喉ごろごろ鳴らして。
天使。

『ってそうじゃないのー!』
「ん?」

なぜか怒っている愛猫は、こちらと間合いを取る。いつもすり寄ってくる可愛いやつなのに、今日はわけが違うみたいだ。夢、だからか。

『この間言ったこと覚えてる?京治』

相変わらず日本語を喋ってもかわいい。

「ああ・・・愛してくれてありがとう、ってやつ?」

猫と会話を成立させているなんて、自分も相当やばいな。
それを言うなら宇多川さんも、猫に話しかけている。まあ、中身が俺だからだろうけど、はたから見たら変な人だ。

『そうだよ!私は、京治が拾ってくれたから、こんなに長く生きていけたの。幸せな10年だったよ。』

6歳の時。
河原で遊んでいたら、小さなダンボールをみつけた。
拾ってください、と書かれた文字と、生後間もないであろう子猫。
後先考えずに持ち帰り、母に泣きついた。ちゃんとお世話する、と。

「そう?」

あの日は、両親が話し合っていた。
その時は母が専業主婦だったから、母が世話をする、と言う形になったが、厳しい父は、何度も「命だぞ。」と釘を刺していた。

命。一つの命だったのだ。
物心ついたばかりの子供が、面倒を見るには重すぎる。命。

『そうだよ。パパもママも優しかった。京治は倍愛してくれた。ありがとう。』

元々病気を持っていたみたいで、10年、なんて奇跡だったみたいだ。甘やかしすぎて、でかくなりすぎたが、愛の大きさだと思ってほしい。

『だからね、京治にも恩返し、したい。』

生前は、何度も足にすり寄って、ゴロゴロ喉を鳴らして、一緒に寝たもんだ。
名前を呼べば返事までしてくれて。

お前、猫が恋人だろ?
なんて言われたら、多分ドヤ顔で「そうですが何か?」と答えるくらいには猫ばかな自信はある。

「あんなに長生きしてくれて、それだけで十分だよ。」

たとえ夢であれ。
会話が成立するのはとても嬉しい。
その夢が、自分自身で作った妄想だったとしても。

『そうはいかないよ。京治にも同じくらい幸せになってほしいの。』
「幸せだったけど。俺。」

行きたい学校に行けて、やりたいバレーも出来て。
可愛い愛猫に恵まれて。

『ううん。私が愛してもらった分、京治も誰か、人間に、愛されて欲しい。人間を、愛して欲しい。』

・・・今すごく人間を強調しなかったか?
え?ハムにそこまで心配されるほどの猫バカに見えてるの?
好きな人くらい今まで。いた、さ。多分。

「ハムの気持ちは嬉しいよ。ありがとう。じゃあ、なんで猫の姿になっちゃうの?」

聞けば、ハムは更に間合いを取った。なんでだ。

『し、幸せにぃ、なって、欲しかったのぉ。』
「うん。」
『だからぁ、猫神様にぃ・・・お願いしたんだよぉ?』
「う・・・うん?」

なんだか聞いては行けないことだったのだろうか。歯切れが悪い。

『そしたらさぁ・・・
【私は猫神様である。猫と犬であれば人類は迷わず猫を飼うべきだと思わにゃいか?お手?お代わり?おすわり?だからなんだってんだ?飼う=芸を覚える、違うと思わにゃいかね?故に犬よりも自由気ままに人類を惑わすしにゃやかな我々猫の大勝利だと、思わんかね?故に、・・・そうだな。お主を愛し尽くした飼い主?ケイジ?猫にしよう。そうは思わにゃいかね?ハム。】
って言われて・・・』

前足での の字を書きながら、ハムは申し訳なさそうにいう。
猫の世界にも神様・・・ほう。
宇多川さんなら「凄い!猫の神様?!」とか言って拍手しながら感激するんだろう。
落ち着け、俺。
でも、愛猫の言葉だし。
いや、そもそも夢だし・・・。

「それで、猫になっちゃうの?」
『ごめんね。』
「いや・・・じゃあどうすればこれは解けるの?」

今度はゴロゴロと喉を鳴らしながらハムは近づいてきた。

『そりゃあ、もちろん。愛するんだよ。愛し愛される。簡単なことでしょ?』
「誰を?」
『え?す、好きになった人だよう!』

ちょっとだいぶ今更だが、ハム、意外と可愛い喋り方だよな。10年飼ったから・・・

「好きになった人・・・ねえ。」
『ほら!あの人は?!秋ちゃん!?』
「え?」

宇多川さん・・・?
目を輝かせて言うハム。

「確かに世話になってて、助かってるけど。」
『お料理美味しいし優しいしギャグセンも高いじゃん!』
「それはわかるけど、難しいんじゃない?宇多川さん。俺のこと男して見てないみたいだし。」

普通、見ず知らずの男子を家に軽々しく招き入れない。ご飯も作らない。
何度も同じ部屋で寝ない。

何が起こるかわからないだろ?
世の中物騒だし。
・・・自分のこと危険人物、みたいに言ってる気分で嫌だな。

『そうかな?ぐいぐい行こうよ京治。』
「いや、でも。そんなんじゃないから。」

優しいお向かいさん。
それだけ。ただ、それだけ。

『京治はわかってないだけだよ。自分が今、どんな気持ちか。それが、どんな意味なのかか。わかってない。』

そう言ったハムは至って真剣だった。
何故か意表を突かれた気分になる。
どんな意味なのか・・・。

『そろそろ時間だ。京治。多分もう私、出てこれないけど。幸せになってね。絶対だよ。』
「え。待ってよ、ハム。」
『本当に、本当にありがとう。』

少しずつ薄れていく愛猫の姿。
感謝なんて、してくれなてもいいのに。
むしろ、感謝したいのはこっちだってのに。

『愛し、愛されて・・・すれば、・・・もどるから。』
「今までありがとう。ハム」
『冷静な京治だから、秋ちゃんのことわかるよね。』





最後に撫でたくて伸ばした手は、


空を切った。







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