後悔先に立たず
【昨日みたいなこと、無防備に男子にやらないほうがいいよ。】
朝、やはり私はベッドにいた。
床で寝ていたのに。
昨日は聞きそびれてしまったから、今日は聞こうと思ったのに。
どことなく赤葦くんは怒っていて、聞き辛い雰囲気だった。
しまいには冒頭の謎メールである。
【昨日みたいなことってなに?】
【水?】
【あ!お皿洗わせたこと?!】
【ごめんなさい!私が洗うから、昨日はありがとう!】
どうやら怒っている原因は私みたいだから、理由を聞いてみた。
けど、流石に10分休みの時間は携帯を見ていないのかも。
四通目で送信するのをやめた。
お皿は赤葦くんが洗うって言ったじゃんか。
でも結果、赤葦くんを怒らせてしまったことには変わりない。男の子って難しいな。
えっちゃんとご飯を食べている途中で、彼からの一通のメールが届いた。
そこには最近ではもう見慣れた猫の写真。
長時間見ていると、視覚が変になってくるのか、やけに可愛く見える。いやいや、一応飼い猫(失礼)なんだし。可愛い。
【かわいい!】
【でしょ。】
率直な意見を送れば、割と早い返信。
【あの猫ちゃんだよね!他にはあるの?】
猫バカの赤葦くんだもん。多分まだある。むしろ彼は猫以外に興味はあるのだろうか?
【ところでその猫ちゃん、なんて名前なの?】
【ハム】
【・・・女の子なのに?】
【子】
ハム・・・子、だと?
ハムスターでもないのに?
て言うか、まず、ハムだけだったよね?イヤイヤまさか。まさかね。
「ハム子はないよー。」
「ん?」
【なんでハム子?】
深い意味はないんだろうけど、ちょっと気になるのでメールを入れる。
今日のえっちゃんは珍しくお弁当だ。
ちょっと見た目が斬新だけど、えっちゃんは卵焼きらしきものをつついている。
「この猫、ハム子ちゃんなんだって。」
「うわぶっさ。」
えっちゃん素直だから。
もっとオブラートに包もうよ。
「むしろボンレスでしょ。」
「ボンっ・・」
危ない。
おかず落とすかと思った。
ボンレスって。
ボンレスハムってか。
「ボンレスハムとか、ネーミングセンスいいね。誰の猫?」
「え?」
またえっちゃんが突然興味持ち出した。
珍しいんだよね。興味もつの。
しかし、変に口を開いてはいけない。
「い・・・いとこの。」
「あぁ。あのチャラい。」
「それはごめん。」
たまたまうちに泊まりに来た時に、たまたまえっちゃんが来て、奴はあろうことか口説いていた。その時のえっちゃんの返答が『私とあなたがお付き合いしたら、秋が仲間外れになっちゃいますから、ごめんなさい』と外用スマイルだった。
結果「智絵ちゃんって秋思いの優しい子!」とさらにあいつに火をつけてしまったわけだけど。宮城だからそうそう会わないから、それ以来はもう接触はないけどね。
美人にはすぐ声かけるから。顔だけはいいから。顔だけは。ここ、大事ね。
「そ、それより珍しいよね、えっちゃんがお弁当!」
無理矢理に話題を変えれば、えっちゃんは少し照れた顔で答えてくれた。
「秋が・・・お弁当作ってるから、挑戦してみようかなって。」
そう言って、また、あの斬新な卵焼きを箸でつつく。
「え!いーじゃんえっちゃん女子力だよ女子力!」
「いや、全然だめ。見た目だけじゃなくて味もやばい。」
「いやいや!食べて見なきゃわかんないよ!肝心なのは気持ちだから!」
「そうかなぁ・・・。」
そう答えるえっちゃんの顔は、心なしか赤い。これってもしかして・・・恋?
「え?ええええっちゃんもしかして好きな人出来たの?!」
「ちっ・・・違うわよバカ!」
図星だったみたいでえっちゃんの顔はみるみるうちに赤くなっていく。ははん。
あの学校一の美女もとうとう好きな人が出来てしまったのか。
「えー。照れないの照れないの!」
「そう言うあんたはいないの?!気になる人!」
「ないねー。私にはまだ早いー。」
言葉とは裏腹に赤くなるえっちゃんの顔。
これ、その好きな人に見せてみ?絶対即落ちだよ。絶対ね。
「それよりその卵焼き頂戴!」
「・・・は?」
「だってその人のために頑張ってるんでしょ?私が試食係やるよ。お料理だけなら、えっちゃんには勝てるし。ね?」
言ってて少し悲しいが、否定は出来ない。事実、料理の腕だけは自信がある。えっちゃんは渋々わかったよ、と答えてくれた。
ではお言葉に甘えまして、身を少し乗り出して口を開ける。
「は?」
「あーん。」
「・・・はいはい。」
口を開けて待てば、えっちゃんが食べさせてくれる。
・・・うん。う、
「・・・んん、」
「・・・どう、かな?」
えっちゃんにしては中々可愛らしい表情なのですが。えー、うん。
「んふふふふ?」
「まずいならまずいってはっきり言いなさいよ!」
「・・・ごめん。」
よくわからない味がするよ。焦げた味以外に。甘くもしょっぱくもねーの。どう言うことなの?これ、なんの卵焼き?甘いやつ?甘くないやつ?
「何入れたの?」
「甘いのにしようと思って砂糖入れたけど、やっぱしょっぱいのにしたくなって塩も入れた。」
「なんで!」
どっちかに絞ろうよ!初めての卵焼きなら先ずはどちらかに決めよう?!いきなり気分ぶっ込んじゃダメだよ!隠し味、的な?早いから!初めてで隠し味早いから!
「そ、そんなことより、あんたさっきのあーん、ってやつ。」
「ふぁい。」
「飲み込んでから返事しなさい」
「ういー。」
飲み込むの辛いけども。でも顔には出さないように、ナチュラルに水を飲む。水美味い。水ってこんなに美味しかったのね。
「飲んだ。」
「よろしい。で、さっきのあーん、ってやつ。いろんな人にやってないでしょうね?」
「なんで?」
うちの両親はいつもやってるよ?
「やってるね、その顔。」
「お母さんとお父さんはやってるよ。」
「それは・・・あそこはまあ。じゃなくて、男子とかにやってない?」
「え」
そう言われて浮かんだのは昨日の出来事。
赤葦くんのケーキをいただく際に、一回。
「そう言うの、友達とか、恋人とかとやることなんだから・・・。」
えっちゃんはそう言って、私を睨む。
瞬間、朝のメールが何を指していたのかに気づく。
そして次には顔が熱くなっていく。
もしかして、これは、やってしまったのか、私は。
「・・・彼氏とかでは無いんでしょ。」
「く・・・くせ、で。」
「謝っときなさい!」
「あぁー!!」
教室に響き渡るくらいの声をあげ
【昨日の件はすみません、駅で待ってる!!】
と言う謎メールを送ってしまった。
送信してから後悔し、【わかった】と言う返信で更に顔から火が出そうになった。
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