「おはよー、桃谷。」
「お、おはよ、」

部活を引退し、進学のために勉強三昧な秋。勉強の秋、なんてちょっと悲しいが、それくらいに私はいま大学受験に追われている。
今の成績ではギリギリで、もう少し、もうすこーしだけ頑張らないと厳しい。

なので遊びだったり、趣味だったりは今は捨て、頑張らなければいけない。

友達にもそのことを話しているし、理解もしてくれている。

けれど約1名、それが通じない人がいる。

「おー?今日もやってんなー。」
「・・・うん。」

隣の席の菅原君。
彼はダメだ。

「昨日は何時間やったの?勉強。」
「え?・・・えーと、4時間かな。」
「4時間?!お前一昨日は3時間だったのに増えてんじゃんか!」
「え?う・・・うん。」

すごく話しかけてくる。
隣だし、仕方ないんだけど、彼は隣が故に聞いていたはずだ。「大学ギリギリだからごめん!落ち着くまでは勉強に専念させて欲しいの!」と友達に距離を置いてくれ、と頼んでいたのを。
隣で聞いていたはずだ。なんならじっと見てたよね?目、合ってたもんね。あの時。

要するに、今この始業前でさえ、勉強したい。そして早く楽になりたい。

「桃谷。」
「う、うん?」

名前を呼ばれて菅原君を見る。すると彼は額を指差していた。

「眉間。」
「眉間?」
「しわ寄ってるよ。」
「ご、ごめん。」

なぜここで私は謝ってしまったのか。
眉間にしわ寄せてごめん?いやいや。
とりあえず苦笑いを返してまた教科書に目をやる。

「うーわ、ノートびっしり。」

横から覗き込んでくるのが視界に入る。
うん、と空返事をして、続きを書く。
私の場合。丸写ししないと覚えない。何度も書いて、書いて、書いて覚える。そうやっていつもテストとかを乗り切ってきた。

「桃谷どこ受けんだっけ?」
「え、・・・K大。」
「K大・・・え!東京の?!」
「うん。」

行くなら思い切って遠くに。
就職するなら幅広く。
まだ知らない土地で、たくさん学ぼうって。
前々から決めて、部活の合間も欠かさずに勉強してきた。それでもまだ足りない、安心できない。受かるまではまだ安心出来ない。

「そんな寝不足で勉強しても頭入らないだろ。休憩しなさい。」

菅原君はそう言った。視界の隅でにっこり笑っているのがわかる。

「これ、書いたらにするね。」

昨日もそんなこと言われたっけな。昨日も同じ事言って無視してたら、こらー!って怒られたな。
菅原君はそれを澤村君に怒られていたけれど、邪魔しないって。
そっか。今日はまだ澤村君来てないのか。

「ほーら、昨日もそうやって止めなかった。」
「ご、ごめんね?でももう少し時間あるし。」
「いやそうじゃないんだよなぁ。」

菅原君はそう言って、席を立つ。
そして、私の前の席に移動し、こちら向きに腰掛ける。澤村君の席だけど、所有者はまだ来ていない。
菅原君はそのまま私の机に肘を立て、頬杖をつく。突然近くなった距離に慌てて身を引く。

「わかる範囲なら俺でよければ教えるし、息抜きも必要だろー?」

しかし菅原君は気にしていないのか、私のノートをめくりながら告げる。

「大丈夫だよ。菅原君の手を煩わせるわけにもいかないし、それに、誰かの手は借りないって決めてるし。」

多少顔が引きつってしまったけれど、彼は下を見ていたので、気づかれてはいないはず。

「固いなぁ、桃谷。
いーじゃん。桃谷は教えてもらえるし、俺は予習になるし、一石二鳥!な?」
「・・・菅原君は強情だよね。」
「ん?」
「なんでもない。」

菅原君ってば、本人は自覚ないんだろうけど、すごくモテるんだよ。わざわざうちのクラスに来て視界に入ろうと色目使う子もいる。で、菅原君ってば誰にだって優しいから、周りに集まってくるのね。
そんな人気者に絡まれてるだけで、注目浴びるの。「隣の席だからって色目使って最低。」とか的外れなことをね、ひそひそひそひそ。もうそれが猛烈に頭に来るんだよね。

だからあんまり関わりたくないんだよね。ただ、隣なだけでしょ?あんたら隣の席の人と会話しないの?て話。というか、同じクラスなら最低一言二言喋るでしょ?うち、進学クラスで、ガラ悪いのいないし。どこのクラスかもわからない女子ばっか。

「それに菅原君こそ部活で忙しいでしょ?大会あるし、受験だってそのあとからあるし。私のことは気にしなくていいから。」

精一杯の笑顔で言う。それにしても、澤村君遅い。遅すぎる。また後輩が何かやらかして教頭に呼ばれてるのかな。可哀想。

「えー。まぁ何とかなんべ!」
「楽観視しすぎだよ。」
「そ?でもまぁ、受験後回しにしてまで部活やりたかったし。あいつらと全国行きたかったし。後回しにした分はきっちり取り返すつもりだから。」

菅原君はそう言ってから、柔らかい笑みを浮かべたので、咄嗟に目を逸らした。
彼のペースに持っていかれる訳には。
ただでさえ今時間削られてるから。

「K大なぁ。」
「うん。」
「俺もK大行こうかなぁ。」
「え、なんで。」

菅原君の方を見れば、嬉しそうに笑っている。からかっているのだろうか。今の私ではギリギリで、寝る間も惜しんで勉強しているのに。こんな軽口で言われると、いい気はしない。そうですか、今勉強していない菅原君には余裕なんですね。そうだよね、成績上位の方だし。笑顔で嫌なこと言うなぁ。

「桃谷いるじゃん。」
「受かればね。」
「大丈夫だろ。自分を信じろって。」
「菅原君はわかってないよ。」

ダメだから、こんなに勉強してるんでしょ。自分を信じてこれなんだから、そういう根拠のない「大丈夫」が一番辛い。

「桃谷こそわかってないだろー。」
「そんなことないから。」
「いや、わかってない。」

なぜか彼は私の机に突っ伏した。
自分の席には戻りたくないようだ。隣だと、私が下を向いてしまえば勝ちだから。

「自分のことなら、よくわかってるよ。」

いつもどこかで詰めが甘いところ。

「俺がなんでK大行こうとしてるかわかってない。」
「俺なら余裕でいけるっていう嫌味?」
「はぁ?!なんでそうなる!」
「そういう風にしか聞こえないよ。」
「うーわ、これが受験ストレスか・・・」

彼はまた頬杖をついて、私を見ている。
少し首を傾げているあたり、あざとい系男子と言われても否定できないんだろうな。
ていうか、嫌味じゃないならなんなのさ。
受験ストレスって、あなた母親か。

「わかんねーかなぁ。」
「わからないよ。」
「ほんと、桃谷ってさー。」
「何?」

澤村君。本当にいい加減に早く来てくれ。
早く引き剥がしてくれ。

「男心わかんないやつー!」
「は?!」

菅原君はそう言って唇を尖らせて席に戻った。

「私女だから男心とかわからないんだけど。」
「今傷心してるので、話しかけないでください。」

・・・意味わかんない。







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