「今日の動き、どうしたの?」

及川さんが、困った顔で言った。

「・・・すみません。」
「矢巾ちゃん、最近ケアレスミス多いよね。」

最近、調子が悪い。
部活ではちょいちょいトスミスをしたり、スパイクを外したり。授業は聞いていないことが増え、ノートも描き終わってないことがある。となるともちろん勉強は遅れを取るわけで、テストの点数も下がり、母にはめちゃくちゃ怒られた。

「渡っちもぼーっとしてることが多いって言ってたし、どしたの?なんか悩み事?」
「・・・いや、そう言うんじゃ」

及川さんは本気で心配してくれているみたいだ。そりゃそうだ。練習がグズグズだった。
溝口コーチには散々怒鳴られた。
悩み事?そんなんじゃない。

・・・そんなんじゃ。

「そ?それなら何も言わないけど、そろそろしっかりしな。」
「すみません。」

もう一度謝罪をして、部室から出る。

いつもだったら、渡や金田一、国見を連れて、寄り道をするのだが、そんな気分にもならなかった。練習で汗臭くなって、制汗剤をやり過ぎなくらいかけるのに、今日は汗臭くなるほど動いていないみたいだった。

大好きなバレーに身が入らないなくなるほど、自分には余裕がないみたいだ。

深いため息をついて、校門を出る。
そろそろ気を引き締め直さないと。

そもそも、なんでこんなことになってしまったのか。原因、それは多分。

「あ!矢巾くん!」

こいつ。同じクラスの桃谷 鈴音。部活は料理部、委員会は図書委員。成績は良い方。

「お・・・おぉ、」
「今から帰りなの?私もなんだ!」

桃谷は鞄を掛け直してから微笑む。鼓動が速まるのがわかる。

「よかったら一緒に駅まで帰らない?」

音をつけるなら、にこり、が似合うだろう。また妙に鼓動が高まって、挙動不審みたいな動きで頷いた。

最近桃谷を見ると可笑しくなる。
鼓動が早鐘を打ち続けるし、見かけたら妙に目で追ってしまう。男子と話してたらなんかイライラするし、目があったら死にそうになる。

今までは特になんでもなかった。ただ同じクラスで、俺はどちらかと言うとイケイケ系の女子やギャルとかばっかりと話していた。
桃谷はいつも窓側の席で、1人で読書をしていた。

そのことに対して、なんとも思っていなかったし、特別話しかけたりもしなかった。互いに系統がちがうし、あいつはおとなしめのグループ、渡や国見がいたら、そっち系と仲がいいだろう。

そんな全く接点がなかったのに、なぜこんなことになったのか。

先月行われた席替えだろう。
ありきたりな話だが隣の席になった。
よろしくね、矢巾くん、なんて桃谷は微笑んだ。
話したことのない相手にも笑うんだな、なんてことしか思っていなかったのに、今では目で追ってしまっている。

「あのね、今日、部活でクッキー焼いたの。」
「へ・・・へぇ。」

桃谷は鞄から、綺麗にラッピングされた袋を取り出した。

「良かったから食べてくれない?」

笑顔で渡してきたそれを、ゆっくりと受け取る。

「・・・さんきゅ。でも、俺なんかに渡していいの?」

こんなに綺麗にラッピングされたものを、ただの一クラスメイトでしかない俺に渡して良いのだろうか?いわばこれは手作りなんだろう?手間暇かけて作ったものだ。・・・まぁ、部活なんだから、作るのが活動内容だけれども。でもくれるだけならこんなにラッピングしなくても良いだろう。

「えぇ・・?元々矢巾くんに作ったものだもん。いいの。」
「は?!」
「矢巾くんに、食べて欲しかった・・・から。」

桃谷はそう言って、また笑った。
・・・まじかよ。
開いた手を口に当てる。勘違いしてはいけない。そんなまさか。
仮に、そうだとして。
じゃあ俺のこの感情はなんなんだろうか。
桃谷を見つめる。

速まる鼓動と、抱きしめたいという願望。
調子が悪かったわけではなくて、つまり、・・・つまり。

「・・・他の男子とかにもあげてんじゃねーの?」
「ち、ちがうよ!矢巾くんにしか渡してない!」

偶然外で会っても手を振ってくるし、今日みたいに一緒に帰ることもある。
教科書忘れたから見せて、と机をくっつけられたこともある。このクッキーだってこれが初めてではない。

そんなことを繰り返して、俺の調子も悪くなって、つい目で追って、どうしても気になる存在になりつつあって。

認めたくなかったが、間違えではないんだろう。多分、いや、これは確実に恋なんだろう。そんな簡単に人って恋に落ちるのかよ。意味わかんね。

俺に食べて欲しかったって、友人として?毒味係か?そうだとしても回数が多いだろ。
自惚れたくはないが、自惚れされてくれ。
席が隣になってから話だけど、意外と押しが強いんだな、桃谷って。

「・・・桃谷。」
「う、うん?!なにかな!」
「・・・この際だからはっきりしようぜ。」

認める。俺はこいつに恋をしている。
なんとも思ってなかったけど、今では他の男子と話をして欲しくない。
もっと話したい、一緒にいたい。

「う、うん。」

大きく息を吸って深呼吸をする。
頑張れ俺。チャラ男代表矢巾秀。
チャラ男、だなんて誰がつけたか知らないが、ここで白黒はっきりさせたい。

「俺、お前のこと、好きだわ。」
「え。」

そう言って桃谷を見つめる。
桃谷は驚いた顔をして、小さく「うそ・・・」と声を漏らした。

「・・・最初は俺も、気付かなかった。でも、桃谷のこと気になって部活にも集中できないから。」
「・・・うそだぁ。」
「うそじゃない。」

否定する桃谷に声をかける。
振るなら思い切り振ってくれ。
これ以上、支障きたしたくない。きっぱり諦めるから。

「・・・わたしも、」
「・・・おう、」
「わたしも好き、」

桃谷は涙目で微笑んだ。
勿論大きくガッツポーズをした。

浮かれすぎて溝口コーチに怒られたのは別の話。








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