※ ゴキ◯リネタ
大事件だ。今、私はとても大変なのだ。
身体が凍りつく、とはまさにこのこと。視線を変えることも、動くことも許されない。先ほどやっとの事で、助けを求むメッセージを飛ばせた。
【 今すぐ部室に来て!! 】
簡潔的で実にいい。ただし、3年のラインナップが、根性、ハンガー、アヒル口、シュークリームだから、すぐに来てくれる可能性は低い。
だが・・・待て待て、部活までそんなに時間もない。すぐに来てくれるだろう。個人的には今連絡した奴らではなく、渡か金田一を所望するところだが、意外と「俺、ダメなんですぅ。」か言いそうなタイプだ。京谷はまず1番で来ないし、「めんどくさいっス」で終わる。矢巾は「えっ?!まじっすか?!・・・うげえ。」とかいつまでもいつまでもウダウダしてるだろう。国見も割と遅めにくる。
ということはやはり1番はハンガーか根性論ってことになる。どうか岩泉でお願いします。そう願った矢先、勢いよく扉が開かれる。
「びゃあああ?!」
「大丈夫?!桃谷さん!」
願い事ってどうして願えば願うほど叶わないのか。邪念、だろうか。
思い切り開けてくるもんだから、盛大に叫んだ。
「驚かせちゃった?!ごめんね!」
「だっ・・・だだ大丈夫。」
なわけねーべ!!と頭を叩きたかったけど、及川の頭は叩けない。ファンが怖い。どこかの王国民、親衛隊の方々は、みんなの王よ、愛でましょう。とか平和的なのに、所詮それは二次元か。実に羨ましい。
「それで、今すぐ来てってメッセージあったけど、どうしたの?何かあった?」
さすがファンができるほどのイケメンだ。心配の仕方も、心配しつつ周りも見渡す姿だけでも、好感度が上がる。入学当初、そのイケメンオーラに何度騙されそうになったことか。今、チームメイトとして普通に接することが出来るのは、自分の精神力の強さのおかげだろう。頑張った。私。
・・・違った。そうじゃない。イケメンがどうしてイケメンなんだろう、と考えたところで、未解決あるいはイケメンが故、で終わる。
もうその考えはやめて、本来の目的を告げよう。
思い出して慌てて先ほどの場所に目をやる。悲しいことに微動だにしていない。直視して、改めて身震いをしてしまう。
「桃谷さん?」
「あ・・・あ、・・・あれ!!」
声を張り上げながら、黒いソレを指差した。
「あ、ゴキブリ。」
「あ、ゴキブリ。じゃないよ!冷静すぎない?!!」
ご、ごめん。と及川は謝罪の言葉を述べる。まぁここで、「え?!なに!ゴキブリ?!ひえええむ、むりいいい!」とか言われたら怒りのパラメーターが急上昇するんだろうけど。最近の若者は、男女問わず虫が苦手だから、このイケメンも苦手な類だと思ってたのに。あの反応は大丈夫なやつ。
「・・・もしかして、メッセージの内容・・・これ?」
不思議そうに及川はゴキちゃんを指差した。気をつけろ、飛ぶぞ。私は言葉を発する代わりに、何度も頷いた。すると及川はそっか、と呟いた。
「わかった。熱湯か洗剤もらってくるね。」
「え?!熱湯?!」
「うん。即死するよ。」
熱湯には弱いからね、と及川は告げたのち、ドアノブをひねる。
「え、ちょっとまって。」
「ん?」
「どこいくの?!」
なに平然とドアノブひねってるのさ!逃げるのか!!
「職員室からお湯もらってこようかな・・・って。」
「なんで!!」
「いや、だから、熱湯をね。」
出て行こうとする及川の腕を掴む。やつは驚いた顔でこちらを見た。
「え?!な、なに?」
「職員室!行かなくて・・・いい。から。」
「え?でもそうしないと熱湯もらえないよ?」
「う・・・。」
仮に熱湯でヤツを葬れるとしよう。その熱湯が来るまで、私はヤツと2人(?)きりなんだぞ!よく考えろ!
「・・・そんなに怖いの?ゴキブリ。」
「そ、そりゃあそうでしょ?!」
そっか。と及川は頷いた。大体の女子は虫苦手だと思うんだけどな。
「じゃあ叩き潰すね。」
「えっ?!!」
さらりと及川は言ってのけて、上履きを脱ぎ始める。
「ちょ、ちょっとまってよ!」
「待ったら逃げられちゃうよ。飛んで来るかもしれないし。」
「ひぃっ」
確かにSOSしたのは私だけど、叩き潰すってどういうこと?それはあれだよね、グチャってなるでしょ。潰れた後はどうするの?!ぐちゃっ・・・って。ぐちゃ、
「・・・うえっ。」
「え?!なに?!どうしたの桃谷さん。具合悪い?」
想像してしまった。最悪だ。今、同じ空間にいるってだけでもうしんどいのに、なんでその後の末路まで脳内に思い浮かばせなきゃならないのか。
「と・・・とにかく、叩き潰すのは良くない!・・・ね?」
上履きを持つ及川の手を掴んで制止する。出なければ私のメンタルが死ぬ。及川は動きこそ止めたものの、なにも発さなくなる。
「・・・あ!ごめん!ちょっと力強かったかな?!」
ゆっくりと手を離せば、彼もこちらをゆっくりと見た。
「ううん。大丈夫だよ。」
「そ・・そぉ?」
笑顔で及川は告げてから、上履きを履き直す。
「でもね桃谷さん。熱湯もダメ、潰すのもダメってなると、もうどうにもできないよ。」
「そ、それは、」
とにかく私はアイツと2人(?)きりになりたくないの!わかる?!
「あ。じゃあさ、桃谷さん、外出ててよ。」
「え?」
「その間に片しとくから。」
・・・イケメンかよ!!
その手があったね!確かに!全然思いつかなかったよ。及川が来てすぐに、「あ、私、外で待ってるから、やっといて。」ってお願いすれば解決してたんだ。さすが及川出来る男。
「そうだね!お言葉に・・・」
甘え、・・・られそうにない。
今、動いた、よね?
「どうしたの?」
「ま。ままま、」
待って!!今こいつ動いたから!息を飲む。及川が顔を覗き込んでくる。そして、私の目線の先に目をやる。
「あ、動いた。」
「いやぁぁぁあ!!」
「どぉあ?!」
今までおとなしかった反動なのか、ヤツは猛スピードで動き出した。
「やだ!無理無理無理!!」
「ちょっ・・・桃谷さん落ちついて!」
大体なんで部室にいるわけ?!よりによって私が1人の時に出て来るとか意味不明なんですけど?!誰だよ部室でお菓子とか食ってるやつ!花巻か?!シュークリームこぼしたのか?!ていうか好物シュークリームってなんだし!女子かよ!かわいいかよ!!
「ああああっ!動いた!!ねえ及川あっち!あっち行った!!!」
「わ、わかった!わかったから一回離して!」
早く何とかしてよ!もう目をつぶっとくから叩くなり踏むなりとにかく早くして!もう音とか気にしないから!
「うぉーい、桃谷ー、メール見たけど大丈夫かー?」
「及川が来てるはずだけ・・・ど・・。」
ちょっと目をつぶっているからわからないけど、花巻と松川だな。遅い!いや、ガヤガヤしてるからもっといるな。
「・・・及川。」
「ちっ・・・違う違う!事故!事故だって岩ちゃん!」
事故?違うね!事件だよ!早急にやっつけてくれ!
「いやー、事件、じゃねーべや。お邪魔して悪かったね。」
「そーそー。国見と金田一の教育に悪いって。」
「まっつんもマッキーも誤解してるよ!ゴキブリ!ゴキブリがいるんだって!!」
ちょっと!ゴキブリゴキブリって連呼しないでよ!今どこにいるんだし!早急にやっつけてよ!
「ゴキブリ?なに、及川ってばゴキブリなんかが苦手なの?意外と女々しいな。」
「俺じゃないって!桃谷さんだって!」
「もう!!なんでもいいから誰でもいいから早くやっつけてよ!!」
叫んだと同時に、ズダンッ、と壁を叩く音が響く。全体が静まり返る。これはもしや誰かやっつけた?ゆっくりと目を開ける。
「・・・ん?」
「岩ちゃんが倒したよ。」
「そ。」
「だから・・・」
「うん?」
手、離して?
と及川は言った。目を開けたそこには、壁ではなく、白いセーター、赤いネクタイ。拳が1つ入るか入らないかの距離。
顔を上げれば及川 徹。
「・・・は?」
及川は苦笑いだった。
「え?・・・え?」
「及川と桃谷ってそういう関係だったんだなー、初耳。」
「え?!ち、違うってばまっつん!」
「俺も初耳だわ、クソ及川。」
「だからね!違うってば!岩ちゃん!!」
ゆっくりと周りを見渡せば、自分の腕が、ガッチリと及川をホールドしているのが見えた。セーターを力強く掴んでいる。
「・・・なに、これ。」
「え?」
及川のセーターを掴んだまま下にひっぱる。
「えーと、桃谷さん、ゴキブリが動いた途端に叫びだしてさ。」
「うん。」
「・・・えーと、」
及川はすごく言いづらそうに頭を掻いた。そしてすごく小さい声で告げた。
「抱きついてきたんだ、よ・・・ね、」
・・・私が?及川に?
そんなわけないでしょ。いくら奴が動いたからといって、抱きつくまでにはならないから。超怖がりかよ。女子かよ。女子だよ。
「そんなわけないでしょ!」
「桃谷は誰とも付き合わない高嶺の花だと思ったのになー。及川かー。」
結局は顔かー、花巻は呟く。待って、違うから、断じて違うから。
「違うから花巻!そういうんじゃなくて」
「あ、もう一匹。」
「ぃやぁぁああ!!」
「ふぐぉ?!」
花巻が後ろを指差す。咄嗟に及川を引っ張る。
「ちょっとマッキーやめてあげなよ!」
「桃谷の意外な弱点はっけーん。」
「おい花巻、もう一匹なんていねぇーぞ。」
セーターに顔を埋めながら、あー、と声を出して気分を紛らわせる。背中を軽く叩かれる。・・・ていうか、もう一匹なんていないだと?!
「ちょっと花巻からかったでしょ!」
「ゴキブリで半泣きって、可愛いとこあんのな。」
「またマッキーはそんなこと言って。桃谷さん女の子なんだから苦手なものくらいあるでしょ。」
花巻を睨みつけるが、「わりーわりー」と軽く返された。絶っっっ対に許さない。
「帰る!」
「は?!」
もう一度花巻を睨みつける。
ついでに及川を睨みつける。
「お前も同罪だから!」
「え?!なんで?!」
2人に盛大に舌打ちをし、大股で部室を出た。せいぜい溝口コーチに怒られな!マネージャー帰らせたって!
迂闊にも及川にときめくとか!イケメンは目の保養、近づかないが吉なのに!
そう強く念じたが、思い出して眠れなかったのは言うまでもない。