「うわーん、渡君・・・。」
隣でドリンクを飲む渡君に声をかける。突然声をかけられたものだから、彼は大きく肩を揺らした。ごめんね。
「どうしたの?桃谷さん。」
それでも渡君は穏やかに笑ってくれる。本当にいい人だ。
「矢巾君、ついに彼女が出来たらしいよ。」
「あー・・・うん。そうみたいだね。」
先日、去年からいい感じだった同じクラスの女の子と両想いになったらしい。
「すごいよねー。どうやったら恋人ができるんだろう。」
京谷君にも一個上の彼女がいる。
同学年2人がリア充している。
京谷君は・・・まぁ・・そうだね、彼女さんいそう、ってなるけど、矢巾君は割と遅くまでフリーだと思っていた。ヘタレだし?チャラいし?ヘタレだし。
このままでは2年生の中で私だけがフリーになってしまう。
恋人自慢大会に参加できなくなってしまう。(そんなものないけど。)
「渡君。」
「うん?」
「渡君はいないよね?彼女とか!!」
タメの中で1番先に彼女できそうだけど。いないよ、と言ってくれ。これで『いるよ』なんて言われたら、 《 リア充ぶっ潰せ同盟 》 は金田一君しか誘えない。ちがうよ、これから作るの。まだそんなに憎くないから。
松川さんと花巻さんと及川さんもフリーだけど、あそこは意地悪なことばっかり言うから、できればタメか年下と話していたい。
「え?いないよー、彼女なんて。」
「・・よかった。」
「あはは。桃谷さんこそいないの?彼氏。」
「え?!いないよ!ないない!全くないね!」
穏やかな口調の渡君に対し、無い、を強調する自分。少し、虚しくなった。
「そっか。」
「うん。」
「よかった。」
それでも渡君は相変わらず穏やかに笑う。
別に今すぐ彼氏が欲しい!とかじゃないんだよ?ただみんな最近 彼女できた!とか春うらら、みたあとなことしてるから。いや、いいよ、京谷君は何も言わないし、寧ろ部活にもきてないし。国見くんだって「彼女?いますけど。・・・別にいいじゃないですか。」って深く言ってこない。
問題は矢巾君。鼻の下伸ばしちゃってさ。
「いーなぁ、私も恋人欲しいなぁ。」
きいて!私の彼氏がね!!とか自慢したい。んで、矢巾君とヒートアップして周りをドン引きさせるんだ。結果、どっちの恋人も素敵でいいじゃない。なんて平和な世界なんだ!って終わる。
「桃谷さんは恋人がほしいの?」
渡君が不思議そうに聞いてきた。
「矢巾君がすごく自慢してくるから・・・。」
「・・・そっか。」
うーん、と渡君は唸った。素敵じゃない?デートとか、好きな人、って単語自体が。恋人同士、とか。
「でもそれってさ、好きな人じゃないと意味ないでしょ?」
「うー、そうだけどさぁ。」
好きな人と両想いになって、恋人同士になって、デートして。
好きな人と結ばれたら、そりゃあ自慢したくなるよね。そうだよね、ごめんね矢巾君おめでとう。
好きな人、か。好きな人ってつまりあれだよね。見ていたらドキドキする、とか、もっと一緒にいたいなぁ、とか。もっと知りたい、と思う相手だよね。
「・・・渡君はいる?好きな人。」
渡君に聞いてみた。彼女はいないにせよ、好きな人はいるよね。
「え?俺?」
「うん。」
聞けば彼は驚いた顔をした。
困った顔で「好きな人か・・・」「うーん・・・」とぶつぶつ呟いている。
あれかな、これはいないパターンかな。
突然言われてもなぁ、のパターンかな。
「・・・いるよ。」
「おお!!」
気になる!どんな人なんだろう!タメかな?!年下かな?意外と先輩とか?!渡君、ぽわぽわしてるから、同じ感じのゆるふわ系を希望します!きゃー!渡カップルかわいい!とか言いたい。
「渡君は凄くいい人だから、絶対大丈夫だよ!」
親指を立ててウインクをする。
渡君は苦笑いをした。
「そんなことないよ。俺、別に普通だよ。」
「いやいや謙遜しないで!優しいし、頭もいいし、100点だよ!」
私が元気ない時とか励ましてくれるし、この間遅くまで勉強見てもらっちゃったし。しまいには家まで送ってくれた。完璧だと思う。
「あはは。桃谷さんは褒め上手だ。」
「そんなことないよ。本当のことだもん。」
「だめだよー?勘違いされちゃうよ。」
渡君はまた笑う。今日はよく笑う。
「え?勘違い?」
「そう。そうやって褒めてると、好意持たれちゃうよ?」
笑っているけど困り顔でもある彼に首をかしげる。大丈夫だよ。褒め上手じゃなくて、本当のことだし。そんなに誰彼構わず褒めたりはしないよ。
「そんな勘違いする人なんていないよー。」
「いやいるでしょ。」
相変わらず2人で笑顔で言い合う。
私、告白されたことないし、そんな好意持ってくれてる人なんていないと思う。
「とにかく、誰彼構わずしちゃだめだよ。」
そう言って、彼はドリンクに口をつけた。
渡君ぐらいしか、いないんだけどなぁ。
「・・・わかった。でも、渡君はやっぱりいい人だよ。」
「・・・もう。言ったばかりなのに。」
またまた困った顔で彼は言う。
「勘違いしちゃったらどうするの?」
「いないってばー。じゃあ例えばどんな人が勘違いするの?」
「俺とか。」
渡君が、勘違いするの?どう、勘違いするの・・・?
「え?」
「そうやって、笑顔で褒められたら、もしかして、俺のこと好きなのかなって・・・勘違いしちゃうでしょ?」
目を細めて渡君は言った。私の肩を軽く叩いた。彼はまた、ドリンクを口にする。今の笑った顔を見た瞬間、心臓を掴まれた気分になった。
今の顔は初めて見た。
「いいよ。」
「・・・え?」
咄嗟に出た言葉だった。今の顔、他の人には、見られたくない。なぜかそう思った。
「からかわないの。」
彼はそう言って、私の頭に手を乗せた。大きい手に、心音が高鳴る。
「か、からかって・・ない。」
もしかしてさ、これ、 『 好き 』 ってやつだったりしない?さっきの笑顔も、今、乗ってる手も、少し伝わる体温とかも。
これ、全部、私だけに向けてほしい、とか。
でも。部活の時に向けてくれる笑顔は私だけのもの、だよね?
たまに一緒に帰ったりもする。その時、いつも楽しかったし。みんなで帰るのもいいけど、渡君と帰るときが1番安心した。
あれ?これってやっぱり恋だよね?
もしかして、私、結構前から好きだったのかもしれない。
「・・・桃谷さん?」
『 恋
』 を自覚したらその後の展開なんてあっという間だと思う。そっか、好きなのか。これが、好き、ということか。
「私・・・」
「うん。」
「・・・渡君のこと・・・好きかもしれない。」
言った瞬間、彼の動きが止まった。
抑えられなくなって、つい、口走ってしまう。今、いうタイミングじゃなかった。場所も場所だ。ゲームでいうならゲームオーバー音が聞こえてきた気さえする。
それでも言いたかった。言って自覚した。自覚できた。
「桃谷さん、それって。」
あぁ。また困った顔をさせてしまった。
ここで誤魔化さないと、振られて終わっちゃうの。だってそういえばさっき、好きな人いるって話をしたのだから。
「な・・・なんちゃっ・・・て?」
なんて、笑ってごまかそうにも、今更になって羞恥心が込み上げてくる。多分、顔、赤いよな。
「備品確認してくる!」
強引に話題を変えて倉庫へと方向転換する。
「待って、俺も行くよ。」
「え?!なんで!!」
彼と距離をとったはずだったのに、なぜか同じペースで倉庫へと足を進めている。
「そんな顔で、『なんちゃって』は無いと思うから。」
俺から言わせて。
彼はそう言って笑った。