「ねえ、白布くん。」
「どうした、桃谷。」
お昼休みが過ぎ、もうすぐで4限が始まる時間。後ろに座る白布くんに声をかけた。彼は読書中だったが、それを一旦閉じてくれた。
「読書中にごめんね。」
「いや、別にいいけど。」
何、ともう一度彼は言った。
「川西くんのことなんだけど。」
「・・・あー。」
川西くんの名前を出せば、妙に納得したような顔で頷かれた。どうやら今日は川西くんの誕生日らしいのだけど、アピールが凄い。
朝練の最初に言われ、最後にも言われた。もちろん祝福の言葉は伝えた。言われるたびに、だ。それなのに、廊下ですれ違った時にも言われた。
「お誕生日のアピールすごくない?」
「そうだな。」
それだけじゃない。ついさっきのお昼ご飯の時だって、食堂で出くわし、一緒に食べることになり、その時も、「俺、今日誕生日なんだよね。」と、本日4度目のアピールを受けた。もちろん、その時も「お誕生日おめでとう」と、4回目になるお祝いの言葉も伝えた。そうすると彼は嬉しそうに「おー。」と返事して歩いて行ってしまう。
喜んでもらえるなら別にいいんだけど、流石に、だ。流石に多い。
「確かにお誕生日って特別だけどさ、そんな多く言ったら有り難みがないというか、」
「そうだな。・・・でも太一も喜んでんだし、いいんじゃないのか?」
現代文の教科書を出しながら白布くんは言う。
「流石にもうないと思うけど、部活の時にまた言われたらどうしよう・・・」
もしかしてそろそろツッコミ待ちだったりするのかな?川西くん、それ、5回目だよ、って。なんでやねーん、って腕でも叩くべきなのかな?いや、いくら川西くんでもそんなお誕生日ボケなんてかまさないよね。天童さんじゃあるまいし。
・・・もしかして、お誕生日祝ってもらえない家庭だったとか?誰にも祝ってもらえなかったから、今日必死にアピールしてるのかな?
「・・・かわいそう。」
「・・・は?何が?」
幼少期に感じていたストレスって、結局無意識に残ったままだったりするらしいし。私なんかでよければ、たくさんお祝いしてあげよう。
いや、でも今からお誕生日会開くには時間が足りないしな。授業中に考えればいいかな?とりあえず、現代文を出すべく、机に向き直した。
・ ・ ・
「桃谷ー。」
「はいはい。」
タオルー、と川西くんがゆっくりこっちに寄ってくる。どうぞ、と短く返して、同時にドリンクも手渡した。
「サンキュー」
「いいえー。」
川西くんは短くお礼を言ってくれた。そして隣でドリンクを飲む。
ほらね、流石にもう言ってこない。ちらりと彼を盗み見る。
「!!」
がっつり目があってしまった。ドリンクを飲みながらこっち見てた!
「何?桃谷」
「な、なんでもないよ!」
いやいや、どっちかっていうと、見てたの絶対川西くんだよね?盗み見ようと思ったのに目が合うって、私が見る前から見てた可能性あるよね?どっちかっていうと「なに?」って聞いていいの私の方だよね?
・・・わからない。いつもは天童さんとか、山形さんとか、白布くんのところに行くのに。今日全然動かないよね?!待機してるのかな?逆に。
私から「お誕生日だよね?」って話題を振って、おめでとうって再度お祝いしろってこと?もう一度川西くんに目をやれば、やはりこちらを見ていた。え?いつまで見てるの?はやくってこと?いやいや、ないない。天童さんじゃあるまいし。
とりあえず目があったので、はにかんでおく。そして少しずつ後退して行く。
「どこ行くの?桃谷。」
「え?えー、と。作戦会議?」
苦笑いで返して、走って瀬見さんのところへ行く。
「どうした?桃谷。」
「私、読心術覚えたいです。」
「・・・はぁ?」
状況が読めてない瀬見さんに説明する。川西くんの言わんとしていることがわからない、と。
「川西なー。確かになに考えてるかわかんねーよな。」
「ダメだよー?鈴音ちゃん。こういう時は『プレゼントはわ・た・し(はぁと)』って言ってあげればいいの。」
「え?!なんでですか?」
プレゼントは私ってどういうこと?私なんて貰ってどうするの?場所とるよ?!食費もかさむよ?!いやいや、そもそもあげないし。
「そうだぞ天童。いくら桃谷が小さいからって、プレゼントにしてはサイズがでかすぎだろ。」
「え。ちょっとヤダ。英太君それ本気で言ってる?」
「そうですよ、瀬見さん。私別に小さくないですから、女子の平均ですから。バレー部が背高すぎるだけですから。」
「鈴音ちゃん、その反応も違うんだけど。」
違くない。
バレー部の人たちから言わせれば、ちっちゃく見えるかもしれないけど。逆にこちら側から言わせてもらえば壁だから。鉄壁だから、伊達工だから。・・・まぁそれをぶち抜いちゃうのが牛島さんがいるうちだけど。王者だけどね。王者白鳥沢最高。
何故か天童さんは非常に残念そうな顔をした。
「鈴音ちゃん・・・そうじゃないんだよ。」
「じゃあどういうことです?」
「そりゃあ・・・ねぇ?」
天童さんは白布くんと談笑している川西くんを見る。
「天童さん、わかりません。」
「えー。そこはわかろうよ。」
「そうだぞ桃谷。最大級のボケには最大級のボケ返しだ!」
「ちょっと隼人君!絶対わかってないでしょ?!そうじゃなくて!!」
そうか。さっきからお誕生日聞いとるわーい!的なツッコミをいれるのではなく。プレゼントはわ・た・し(はぁと)と、あえて乗ってあげるのか。
そうすれば「なんでやねーん!」ってつっこまれるのか。ボケた人につっこませるのか、なるほど。「桃谷持って帰れへんわー!」的な。
「・・・なるほど。」
「いや、なるほど、じゃないから!隼人君の言葉素直に信じちゃダメだよ、鈴音ちゃん!!」
・・・天童の言葉を信じるよりは1000倍良いと思うんだけど。
「・・・今、天童さんの言葉信じるよりはいい、とか思ってるデショ?」
「・・・ふふ。」
「そこは嘘でも否定してよ!本当2年はクセが強いよね!!」
日頃の行いだと思う。天童さんの場合は。人が苦しんでんの見て喜んじゃうし。そうかそうか、ボケ返しな。もう一度川西君の方を見る。
「!・・・っはぁ。びっくりする。」
「なぁ桃谷。川西にめっちゃ見られてるな。」
「そうなんですよ。さっきも驚いちゃって。まさか又目が合うなんて。」
いつも無表情の川西くんが、無表情でこっち見てるんだよ?いつもあんな感じだけどびっくりする。
「よし、ボケ返ししてきますね!」
「おう!行ってこい桃谷。」
「鈴音ちゃんが思ってるような返事は来ないと思うよー。」
山形さんに背中を叩かれ、大股で川西くんのところへ行く。
「おかえり、桃谷。」
「た・・・ただいま。」
相変わらず目が合う川西くん。よし、言おう。・・・あ、でもやっぱりボケ返しだしらウインクとかもするべきかな?いや、でもさすがにウインクは恥ずかしいな。何度かゆっくり深呼吸をする。うん。大丈夫。
「川西くん。」
「うん。」
「お誕生日、おめでとう。」
「おー、さんきゅー。」
よしよし、本日何度目かもわからないお祝い、終わり。次だ。流石に彼も満足するよね、お笑い的に。
「あの・・ね。」
「うん。」
「ぷ・・・」
「ぷ?」
「ぷ・・・プレゼントは・・・わたしっ・・・」
「ぶふっ!!」
流石にウインクも、語尾にハートも付けられなかった。
「って大丈夫?!白布くん!」
「ゲホッ・・・お前、どうした?」
いや、どちらかっていうと、白布くんの方が大丈夫じゃないよね!すごく咳き込んでるけど大丈夫かな?
「まじですか。」
「いや、あのボケ返し・・・白布くん?」
川西くんに返事を返しながら、咳き込む白布くんの背中をさする。
「ちょっと待って桃谷、誰に吹き込まれたの。」
「え・・・天童さん・・・?」
「わー。いただきます。」
「太一はちょっと黙ってろ!!」
口元をぬぐいながら白布くんは言った。吹き込まれた、とかは違うけど、言い出しっぺをの天童さんの名前を挙げておく。何故か川西くんには肩を叩かれる。そして、白布くんは怒鳴る。
「だって桃谷がくれるって言った。」
「くれるって言った、じゃねーだろ。」
川西くんは私の頭を撫でる。
白布くんは川西くんを睨みつけながら、私の頭に乗っている手を叩き落とす。
「イテテ。賢二郎乱暴者。」
「そりゃどうも。このポケポケが意味わかってて今の言葉吐くわけないだろ。考えろ。」
「痛いよ、白布くん。」
何故か川西くんと一緒に睨まれる。そして、ボトルで軽く頭を叩かれる。それにしたってポケポケは失礼だ。私はポケポケなどしていない。これでも長女だし。
「え?1日付き合ってくれるってことでしょ?」
「あ・・・そういうことなんだ。どこまで行くの?」
なるほど、今日1日、私を奴隷のようにこき使っていいよってことか。奴隷は流石に嫌なので、召使でいかがでしょうか?
「えー・・。どこ・・・どこにしようか。」
何故か残念そうな顔の川西くん。逆に白布くんは勝ち誇ったような笑顔だった。
「でも部活終わってからじゃどこにも行けないねー。」
やっぱり何かあげたほうがよかったのかな?ケーキとか。消費できるものの方がいいよね。川西くんは、そうなー、と小さく呟いて、私と白布くんを見た。
「じゃあさ、願い事と一個聞いてくれる?」
「お願い事?」
そう。
と川西くんは頷く。
「俺と付き合って?」
「はぁ?!」
「え?」
川西くんは首を傾げながら言った。
白布くんは声を張り上げ、私を見る。
困ったな。さっきも聞いたよ。
「付き合うったって、今日は時間ないってば。」
「うーわー。そうじゃないって。」
川西くんも頑固だな。
どこにも行けないから願い事に変えてくれってことじゃないのだろうか。
今日はやっぱりどこにも行けないよ。寮の時間もあるんだし。
「残念だったな、太一。」
今度は白布くんに頭を撫でられる。今日の二人はよく触ってくるな。妹かなんか扱いなのか?今度は川西くんが何故か納得いかないような顔をしている。
「桃谷。」
「は、はい。」
「俺桃谷のこと好きなんだ。」
「・・・・・・はい?」
「だから、付き合って。」
俺、桃谷のこと、好きなんだ。
だから、付き、合って・・・?
「え?」
「告白してるんだけど。」
「えぇーっ?!」
「・・・太一。」
か、川西くんが私に?告白?!ないないありえない!!
「ないない、それはないよ、川西くん!」
「えー。そんなことない。大丈夫、お似合い。」
センスないよ川西くん!私なんてやめた方がいい!スタイル普通だし魅力もないし成績平均だし一般家庭だしスペック低いから!
「えー。桃谷俺のこと嫌いなの?」
「いや、嫌いじゃないけどさ。」
「じゃあ大好きだ。」
「うん?!そりゃあいい友達ですよ?友達としては大好きだよ?」
「大丈夫大丈夫。そこを異性として大好き、に変えよう?」
「・・・えぇっ」
・・・困ったな。
付き合うって、男女交際の方か。恋愛のほうだったんだ。いくら誕生日のお願いだとしても、はいとは言えないよ。というかそもそもそれでいいのか?彼は。助けを求めようと白布くんを見る。彼は深いため息をついた。
「どうかな、桃谷。」
「どうかなって、言われても。」
「とりあえず『はい』って答えてくれればいいから。」
「いやいやよくないよ。お付き合いだよ?慎重に決めた方がいいよ。」
この人すごくいい人だと思ってたら、実はすごく嫌な人、なんてオチもあるかもしれないでしょ?本質を見極めてお付き合いとかするべきだよ。
「大丈夫。桃谷の性格は把握してるから。」
「うーん。そうだとしても私、今、恋愛には興味あるないし。」
「じゃあ俺で始めよう、青春。」
・・・意味がわからないよ。
川西くん全然折れてくれないよ。鈴音、絶対折れちゃダメだよ。川西くんモテるんだし、私なんかで妥協するのは凄く凄くもったいないよ。クラスにいるよ?川西くんのこと好きな人。ちょっと気が強そうな子だけど美人だったよ?
「・・・いい加減にしろよ、太一。」
「えー。」
白布くんが私の手を引き、前に立ってくれた。
「お前大丈夫大丈夫うるさいんだよ。圧力かけんな。」
「圧力じゃなくて愛・・・」
「うるせぇ黙れ。」
・・・怖い。白布くんって綺麗な顔してるのに口悪いんだよね。
「・・・ダメ?桃谷。」
「だ・・・だめ。」
「じゃあデート。」
「デート?!」
そう、と川西くんは短く返事をして、天井を見上げた。
「お前まだ言ってんのか。」
「羨ましかったら賢二郎も誕生日にお願いしたら?」
「はぁ?!そんなんじゃねーし!!」
蹴りを入れようとした白布くんを華麗に避け、「メールする!」と川西くんは走って行ってしまった。
・・・どうしよう。OKしてないのに。