「・・・気持ちは嬉しいけど、」

ごめんね。短く答えれば、「そっか・・・」と落胆した声が聞こえた。彼はとてもいい人だった。困った時は助けてくれたし、一緒に帰ったりもした。
連絡先を交換して以来、メールのやりとりが多かったけど、嫌ではなかった。他の男子より少し多く話す程度、くらいにしか思っていなかった。
自分も想い人とこれくらい話せればな、と尊敬すらしていた。実際そんなことは出来ず、彼の気持ちにも気づかなかったわけだけれども。

あぁ、もう多分彼と話さなくなるんだろう。気まずいから。
こちらが友人として話しかけても、向こうは違う感情で接してくるんだろう。なぜか裏切られた感覚に陥る。友達だと思っていたのに、って。
それこそ自分勝手で変な思考を持ち合わせている。

「あらあら。お前あいつと仲良かったのに。」

付き合わないの?後ろから声が聞こえた。
仲がいいから付き合うのは違うでしょ。
声に出さずに飲み込む。

可愛いから付き合うとか、かっこいいから付き合うとか、一体何様だって話だ。
両思い、なんて確率が低すぎるのに、不純な理由で付き合わないでほしい。

「好きでもないのに、お付き合い出来ないよ。」

わかりきってることだ。

「付き合ってから好きになるパターンもあんべ。」

目の前の彼はそれこそ軽そうに告げた。
そういう恋愛もあるかもしれない。しかし、それは好きな人がいなかったらの場合では無いのだろうか。
生憎好きな人は、いる。
だから先程の彼とはお付き合いはできないし、好きでもないのにOKされたらそれはそれで嫌だろう。人の勇気を何だと思ってるんだ。そう言われても仕方ない。

私はそういう人種にはなりたくない。




「私、別に好きな人いるから。」

「そうな。知ってる。」

川西くんはすぐに答えを返してくれた。

「・・・知ってたなら、なんでそんなこと言うの?」
「なんでって・・・。」

別に好きな相手がいるなら、OKするわけがない。する理由がない。
彼が告白してきたように、私だって告白したい相手がいる。

両思いだったらいいな、お付き合いしたいな、なんて密かに思っている。
結局自分は臆病者でまるで進展していないけど。

「はっきり言うけどさ」
「うん。」
「桃谷、可能性ないよ。」

淡々と川西君は言った。その可能性っていうのは、結ばれる可能性ってことでいいのだろうか?可能性がない・・・と言ったのか?


「・・・だろうね。」

進展していないのだから、難しいとは思ってた。でも夢ぐらい見させてよ。今年同じクラスになったんだ。まだまだわからないじゃないか。

「アイツ、1コ上のマネージャーにガチだから。」
「・・・そ。」

部活のマネージャー、しかも先輩だって。あぁ、年上好きそうな感じもするけど、その情報を、川西君は、私に伝える必要があったのだろうか。
自分勝手だが、それが本当なら、自分の目で確かめて、知りたかった。
この1年間、惨めじゃないか。

「入部した時からみたいだから。桃谷、無理だと思うよ。」

「・・・そっか。」

両思いにになれる確率って一体どれくらいなんだろう。
たまたま図書室で見かけたときに、胸がときめいた。何度か遠くから眺めていた。バレー部だと聞いてこっそり見に行った。接点がなかったから話しかけられなかった。
でも、バレーをしている姿がかっこよかった。一目ぼれ、だってのはわかってた。

「諦めた方が良い。」

飄々と川西君は言う。・・・わかったから、もう何も言わないでほしい。結ばれたいなんて、図々しいにもほどがある。

「悪いけど、桃谷と賢二郎は釣り合わない。」

川西君の言葉1つ1つが痛い。胸に突き刺さる。

わかっていたさ。私、頭も悪い方だし、顔だって別に可愛くない。何か特別秀でるものもない。
彼が私のこと、認知しているかも微妙なところなのに、ひっそりと恋心を抱いてしまうなんて・・・。

「いつから知ってたの?」
「何が?」
「私が白布君のこと好きだって。」
「・・・2年になってからかな。」

もう半年は知っていたのか。バレバレだったのかな・・・私。

「やけに試合とか部活見にくるなー、って思ってたんだけど、同じクラスだったし、もしかして俺かな、なんて自惚れてたわ。」

川西君とは去年同じクラスだった。背が高くて気だるそうで、最初は怖い人なのかと思ったけど、全然違った。ただ眠たいだけで、話せば普通だし、意外と優しい人だった。

「確かに、あのマネージャーさんすごく可愛らしかったよね。」
「見た目通り天然ドジっ子さんだよ。」
「・・・そりゃモテそうだね」

マネージャーさん、いつも誰かに囲まれてたな・・。
背も低めで可愛らしい人だった。
少し目頭が熱くなった。
あの人に、勝てるわけがない。私なんかよりも長く白布君と接してるんだ。今から入り込む余地なんてない。

「多分そろそろくっつくと思うけど。」

「そしたらどうすんの、桃谷。」

勘弁してくれ。今相当ダメージくらってるんだ。
もうこれ以上追い打ちをかけないでよ。
涙こらえるのでいっぱいいっぱいなのに。

「・・・いじわるだね、川西君。」
「そうかも。でもやめるつもりないから。」
「なんでそんなこと言うの?!」

思わず彼を睨み付ける。けれど彼は顔色ひとつ変えなかった。一体今彼はどんな感情なんだろう。惨めに思ってる?面白がってる?

「私が白布君に片思いしてるの知ってて、白布君は別の人が好きなのも知ってて、こいつ報われない恋してるなって面白がってたの?!」

仮にそうだとしても、川西君を責めるつもりはない。彼はただのクラスメイトであって、そういったアドバイスをする仲ではない。
だから、言わなくてもいいのに。
クラスメイトであって友達ではないから、勝手に可哀想なやつ、って思っていればよかったのに。
そう冷静に考えても、胸が痛むのは変わらなかった。

「・・・面白がらないよ。」
「・・・そ。」
「早く諦めろ、とは思っていたけど。」

あぁ。どうして彼は先ほどから一言二言多いんだろうか。いったい私は彼のことをどう受け止めればいいの?

「川西君、意味わかんないよ。」

お願いだからどこかに行って。今日は考えたいことがたくさんあるんだ。





「早く諦めて、俺にすればいい。」
「・・・は?」

川西君は私の肩を掴んだ。思わず彼の方見上げてしまう。

「これ以上報われない気持ち募らせても苦しいだけだから。今、ここで諦めて欲しい。賢二郎のことなんて。」
「・・・なんで。」
「確かに、好きになっちゃったら仕方ないけどさ。もう見てたくないんだわ俺。」

掴んでいる手に力が入ったのがわかった。少し痛みを感じたけど、それ以上に目の前の彼から目が離せない。
脳が状況を理解してくれない。



「・・・同情?」

やっとのことで声を振り絞る。川西君は違うよ、と答えた。

「桃谷言ったよね、賢二郎が別の人に好きな人いるの知ってて面白がってるのかって。」

彼の言葉に何も返せなかった。

「賢二郎のこと好きなの知ってて、1年以上桃谷の事好きでいる俺は、さぞ滑稽だろうね。」

頭痛がした。胸が早鐘を打った。

「・・・うそ。」
「試合見に来るたびに、もしかして、とか思ったりして。実は賢二郎でしたーなんて実に惨めだったよ。浮かれてる自分が恥ずかしかった。」

肩を掴む力がさらに強くなった。

「賢二郎ってば、頭いいしクールな感じするし、人気もあるし勝てる気しねーべ。」
「・・・痛いよ、川西君。」
「でも同時になんで賢二郎?とも思ったわけ。だって接点なかったろ?クラスも別だし、桃谷帰宅部だしって。」

私の言葉が聞こえていないのか、川西君が続ける。

「俺の方が先に会ったのに、話しているのにって。」
「・・・そんなこと言われても、」

困る。好きになっちゃったんだ。仕方ないじゃないか。

「仕方ないで済ませたくない。いつまでも報われない恋すんなよ。」
「・・・だって。」
「俺が苦しいの。お前、帰ったら泣くんだろ?泣くのわかってて、黙ってられないから。」

肩を掴んでいた手が離れる。

「・・・首、突っ込みたくなるくらい、桃谷のこと好きだから。」

好きだ。彼はもう一度そう告げた。
鼓動が早いのは、動揺しているからだ。絶対そうだ。

「桃谷が嫌がるのわかってるけど、付き合ってから好きになるパターンもあるから。」

川西君はゆっくりと床に片膝をついて、私の手を握った。




「賢二郎なんかやめて、俺にしなよ。」

その手はとても暖かかった。


「でも・・・私・・・。」

それでも頑なに否定する。

「・・・好きじゃなくていいよ。
諦めてくれればいいから。」

声は、目は、優しかった。
・・・諦められるのだろうか。

強く目を閉じた。握り返した手に力が入った。


「・・・でも、」
「・・・好きだ。」


それ以上、言葉は出なかった。






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