日曜日。午後4時。
先輩の部屋。
2人きり。
もう直ぐ交際1ヶ月。
今、この状況は最高に良いと思う。
「次このクエストやってって言ってたよ。」
だが現実はそんなに甘くない。
ピンク色の携帯ゲーム機を手に、先輩は指を指した。
「・・・装備、オノじゃなくてボウガンとか言ってませんでしたっけ?」
「ぼうがん?」
「これです。」
ゲーム機を受け取り、装備を切り替える。
最近買ったのだと言っていた。
幼馴染がやっているから、と。
「弓だ!離れてても攻撃できるね。」
「ちょっと違うけど、そうですね。」
偏見かもしれないが、先輩に戦闘系のゲームは似合わない。孤爪が喜んでくれるから、とお小遣いをはたいて買ったのだと。
実際ゲームは苦手らしく、ウサギに襲われた序盤で諦めたらしい。
肉を焼くところと、温泉に入るところが大好きとか、戦闘はどうした。
いくら幼馴染が喜ぶからといって、出来もしないものを買うなんて、どんだけ幼馴染が大好きなんだ。
結果、会うたびにこっちがやる羽目になっている。大事なことだからもう一度言うが、あうたび、だ。平均2、3時間なんて、予習復習より長いのではないのか。
「どうぞ、先輩。」
「え!」
「先輩のゲームですから。」
こちらとしては、外出して行きたい所とかあるのだが、「お願い!ゲームやって欲しいの。」なんて完全に孤爪得でしかないものを断れない自分の弱さを呪うしかない。
「え?え!
だって、戦わなきゃいけないんでしょ?」
「まぁ、そういうゲームですからね。」
「怖いじゃん!」
「なんで買ったんですか。」
今にも投げつけそうな勢いでゲーム機を振る先輩。「ウサギがね、あんなにかわいいウサギが斧持って走って来るんだよ!」やり始めた時に言った先輩の言葉。
この人多分農業とか飼育ゲームとかの方が好きだろうな。
だが今回ばかりは受け取ってやらない。
「だ、だって、研磨が喜ぶからっ」
理由がいつもこれだからだ。
孤爪と俺を天秤にかけたら、孤爪が圧勝なんだろう。頼もしさなら黒尾さんかな。
兎に角幼馴染に勝てないのが現状だ。
「先輩が、そのゲームの電源を切ってくれたら俺は孤爪以上に喜びますよ。」
「え?」
一年の時、音駒との初めての練習試合が最初の出会い。
見ていられないようなドジっ子スキルをだしながら、あっちこっちを走り回っていた。
走れば躓き、ドリンクを配れば一つ落とす。
勝利しか頭にない超強豪校なら邪魔だし迷惑ものなのだろうが、持ち前のルックスと自覚ない愛嬌が全てをカバーしている。
無意識に男が構いたくなる性格。
「今日お邪魔したのって、ゲームやらせるためですか?」
「え、・・・えと」
幼馴染だから、だけが理由じゃないのは見てわかった。一つ上のトサカは見てわかる程にガードしていたし、孤爪もタイミングよく話しかけに行っていた。
それを感じ取っていた音駒も、彼女のガードは2人の役目だと空気が言っていた。
他の三年に関しては、過保護すぎだと気にかけていたらしいが、そんなだから俺みたいな他校に取られるのだ。
しかし告白してOKが出たからと言って、それが彼女にとっての『お付き合い』に結びついたのだろうか些か疑問である。
残念ながら自分は一つ下の後輩だし、弟みたいな幼馴染がいるのだから、同じ扱いなのかもしれない。
「赤葦くんって研磨と同い年なのにしっかりしてるね!」が定番の捨て台詞だし、ダメージは最強にでかかった。
「孤爪好きですか?」
「そりゃあもちろん!弟みたいなものだし!」
笑顔でそんなことを言われたら、何も言えなくなる。
「じゃあ俺のことはどれくらい好きですか?」
だが残念なことにそれで身を引くような俺ではない。そんなことで引いてしまったら、こんなにムキにならなかったろう。
「え!」
「俺たち付き合ってますよね?」
「う、うん。」
付き合っている、なんて言葉一つで頬を赤くしてしまうような人だ。これ以上聞いたら茹で蛸になってしまわないだろうか。
「つまり俺はあなたの彼氏で、特別な関係、ですよね。」
「う、」
「ですよね?」
「う、うん。」
何度か遊びに誘った時は、「鉄くんも呼んでいい?」だの「研磨可哀想だから呼んじゃった!」だの中々2人になれなかったが、2人きりで遊んだ時に確信した。
半ば強引に手を繋げば真っ赤になって何も言わなくなったし、らしくもない甘ったるい台詞を吐けば理性が飛ぶような顔をされた。
やっとの思いでこちらにベクトルが向いたのだ。
何をためらう必要があるのだろうか。
「今2人っきりですよ。先輩。」
「え、あ・・・うん。」
ゲーム機を奪い取ってテーブルに置く。
空いた手に手を重ねる。
「あ、赤葦くん、」
「目、瞑ってください。」
耳元で囁けば、少し目をそらしてから強く瞑る。多分こんなに真っ赤な顔は、あの2人には見せてない、はず。
頬に触れる。少し肩が跳ねていたが、逃げることはなかった。
「ん、」
そっと唇を重ねる。
小さなリップ音。
「・・・っ」
顔を離せば今にも倒れそうな先輩の顔。
理性など壊してしまいそうな潤んだ瞳。
「しちゃいましたね。」
キス、と舌を出して笑ってみせる。瞬間先輩の顔がさらに赤くなるわけだけれど。
そのまま彼女は下を向いてしまう。
でも逃しはしない。
両手で頬に触れる。
「もっと見せて。」
「は、・・・恥ずかしい。」
なんて最高に甘いシチュエーション。
潤んで見上げてくるのはやっとの思いで結ばれた想い人。
「もう一回、いいですか?」
「・・・、」
先輩は何も答えずに目を瞑る。
何も言わないのだから嫌ではないのだろう。勝手にそう解釈して再び唇を重ねる。
小さく漏れる声に、高揚感がこみ上げる。