「本当によく泣くよな。」
呆れた顔で川西太一は言った。
映画で感動して泣く、なんて、女子とは涙もろいものだ。
白布と桃谷と映画を見に来た。
『世界が終わる日の、』なんて、タイトルで感動系かな、と思ってしまう映画。
明日世界が終わってしまう。それまでに成し遂げたいことを、数名にスポットを当て、物語が始まる。
『別れた妻とやり直したい、喧嘩した友達と仲直りしたい、恋人と過ごしたい。』なんてベタ中のベタから、『公衆の面前で懺悔をする、家中のガラスを割り尽くす、侵入禁止区域に立ち入る。』などその他放送コードギリギリのことまで。
後者の方のは口頭だけだったが、マジかと呆れるようなものもあった。
「だって・・・」
桃谷は短くそれだけ告げて、赤くなった目元をハンカチで隠す。
傍目から見たら、俺が泣かせているみたいだ。
「ちなみにどれに一番感動したの?」
「音川さん。」
「音川?」
言っておくが俺は泣かせてなどいない。白布は先に帰ってしまったので、証言者がいないが。泣かせてない。
「最後のやつだよ。ほら、散り散りになった家族と他愛もない話をして、・・・入院しているおばあちゃんの病室で、みんなで笑いあっ、て。」
「あ、ほら、また泣く。」
「うう、・・っ」
確かに最後のは不覚にもうるって来たけども。ふー、っと声にならない声でまた泣き始める。
頭に手を置いて、軽めに撫でてやる。
「桃谷。フィクションだから。」
「わかってるけど、」
「そんな泣いたら目とか真っ赤になって帰れなくなんぞ。」
「だってぇ・・・」
クラスの他の女子や、自分の姉も、そういう感動系には弱いが、ここまでじゃない。
「もー、感動したわー。」と強がりながらちょっと泣いた後があるくらいで、こんな、失恋しました。レベルじゃない。
「ほらほらもう泣かないの。高校生でしょ。」
「うぅ、」
頭に乗せたままの右手で、また軽く撫でてやる。30センチは離れていると、なんというか、置きやすい。
桃谷はハンカチを少しずらして、こちらを見上げて来る。
なんというか、こう・・・
「また撫でる!子供扱いしてるでしょ。」
「いやいや。」
にやけないように必死に耐える。
幾分か満足したのか、桃谷はハンカチを降ろす。
「ほら、真っ赤。」
「真っ赤じゃないよ!」
無理がある意地を張って、なぜか殴られる。
「・・・誰にも言わないでね。」
「なにを?」
「・・・凄く・・・泣いたこと。」
意外と気にしてるみたいで、口を尖らせながら、桃谷は言った。
「はいはい。」
「ほんとに?!」
「ほんとほんと。」
白布が言わなきゃだけど。
桃谷は良かった、と呟いて、下を向く。
「言わないって。」
「うん。」
頷くものの、その場から動こうとしない。
「どした?」
「本当に、明日世界が終わったら、どうしよう。」
真剣な顔で、彼女は言う。
すぐ影響されるんだから。
「じゃあさ。桃谷は。」
「うん」
「明日世界が終わるとしたら、なにしたい?」
明日、世界が終わるなら、ね。
とりあえず、飽きるまでバレーして、会いたい人に会って。伝えたい気持ちを伝えて。
「とりあえず部活かな。」
「そうだな。」
「あとお母さんたちに会う。」
「大事大事。」
親とは過ごす。もちろん。
それから、と桃谷は続ける。
「告白する。」
「え?」
「・・・川西君に。」
下を向いて、小さい声で言った。
目を合わせずに、桃谷は言った。
「・・・俺に?」
「・・・で。振られて友達と失恋パーティ!」
元気な声で言っているものの、桃谷は顔を上げなかった。
それってさ、つまり。
「俺は、はい、って答えるよ。」
そう返事をすれば、こちらに顔を上げる。
少し困った顔の桃谷の手を取る。
「世界が終わらなくても。」
手を握ったまま、「帰んべ」と歩いた。 少しして、握った手を強く握り返された。
世界が終わる日の、